« 高齢者の日常に潜むリスク | トップページ | 江戸時代に麻疹で24万人が死亡 »

2020年4月21日 (火)

『ポツンと一軒家』

『ポツンと一軒家』というテレビ番組はまことに面白い。最近は日曜日をまたいでどこかに出かけるということはまずないので、放映の時はいつも見ている。

父母や祖父母、先祖、故郷への郷愁か、そういう生活を自ら選んだか、人里離れたところに住む理由はさまざまだろうけど、登場する皆さんはたいがい明るく屈託がない。取材を試みた大部分はボツになるらしいから、選択されたものだろうし、ある程度の演出もあるのだろうけど、少なくともドラマのような嘘っぽさはない。それでいてドラマのような人生模様が描き出されている。

かく言う私も父親は「ポツンと一軒家」の出身で、私はそこで生まれたらしい。何軒かの集落ではあったようだが、よくあるように、不便さに耐えかねてか、仕事かで出ていった、というパターンである。

かすかな記憶を頼りに、もう何もないその地の近くまで行ってみた。番組ふうにグーグルで表すと下図のようになる。真ん中あたりの茂みが家のあったところだ。この地区には、70歳代の女性がたった一人で暮らしているそうだ。そのうちそこに取材が来るかも知れない。

1_20200421225701

崖沿いの斜面の細い道をグルグルと、そのかたが住んでいるところまではさほど問題なく車で行ける。ところが、そこから先はわずかに轍(わだち)がある程度で、写真の先にあるはずの住居跡には徒歩ですら危なくて行けない。

2_20200421225801

それにしても、こんなところでどうやって暮らしていたのか。峠なら交通の要衝として宿場という手もあろうが、とてもそんな場所ではない。農業か林業だろうけど、生活の糧にできそうな広い畑地はなさそうだし、田んぼも無理だろう。特産品も聞いたことがない。木の切り出しも容易ではない。

亡父はここから学校に歩いて通い、寄宿舎を利用して、旧制中学から、今の教育学部、当時の師範学校に進んでいる。本当は帝大に行きたかったと口ぐせのように言っていた。両親を早く亡くし、姉弟も早逝したため、山林の一部を売って学費にし、自家用車まで保有したと聞いた。当時は木材に価値があったのかも知れない。その後もしばらくここに家があって、バイクで勤めに出ていたらしい。親不孝にして生前は考えたこともなかったが、今思うに、たいした頑張りではある。亡き母もよくこんなところに嫁いできたものだ。番組に惹かれるのもそういうことが関係あるのかも知れない。

『ポツンと一軒家』では、人々が神社を大切にしていることが伺える。私のルーツの山の稜線のかろうじて歩いていける端っこにも祠があり、もうお詣りする人も手入れする人もおらず、朽ち果てて崩壊寸前の姿になっている。昔時は、村人達が、豊穣を願い、厄災のないことを祈ったのだろう。

3

実のところ、この地の山林に私名義のものがまだある。書類上で相続しただけのことで、正確な場所も境界も知らず、全く実感はない。時々電力会社関係から「木を切ってもいいか」という打診があるぐらいだ。山荘でも建てて仙人のような生活に回帰すれば少しは受け継いだ山林を管理できるかも知れないが、そんなことは私にはとうていできない。もちろん子供達にとっては遠く離れた全く縁がない場所である。

このままでは、今まさしく社会問題化している所有者不明の土地にいずれなることは間違いない。そこで、役所に行ったり、森林組合に相談したりした。山林は環境には重要でも個人にとっては実価値がなく、聞いたところによれば、同じ悩みを抱えている人が非常に多いらしい。

相談はしたものの、その後音沙汰なく、仕方がないとあきらめていた時に、「無償供与という形でよければ、今後をお引き受けします」との連絡が森林組合からあった。先で社会に迷惑をかけてはかえって先祖に申し訳けないので、それでお願いすることにした。ダイヤモンドも金も石油も出ないが、結構立派な木はある。保安林としての意義も大きいし、遠い将来に何かのお役に立ってくれたら嬉しいと思う。

このようないきさつがあるだけに、『ポツンと一軒家』のかたがたの心意気にはうたれる。私がそうであるように、後ろめたさと、「できるものなら自分もそうしてみたい」という憧れもちょっぴり抱きつつ、多くの人がこの番組を見ているのではないだろうか。

« 高齢者の日常に潜むリスク | トップページ | 江戸時代に麻疹で24万人が死亡 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事