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2020年4月11日 (土)

高齢者の日常に潜むリスク

新型コロナウィルスは、「日常におしよせた非日常の巨大なリスク」だ。「まさかこんなことが起こるとは」というのが多くの人の思いだろう。

さて、新型コロナはさておいて、今回は、リスクはリスクでも、「高齢者の日常に潜むリスク」の一端について触れてみたい。いつもは書などを引用するのだが、これについては自分の言葉で語ることができる。

というのは、私の今の業務のひとつとして、年間7000件以上にも及ぶ救急隊の搬送記録すべてに目を通しているからだ。必要に応じてその後の診療記録も参照している。

これで非常に目につくのが高齢者の転倒だ。つまずいた、階段を踏み外した、脚立から落ちた、急なめまい、エスカレーター、飲酒、などなど、原因はさまざまである。脳神経疾患、心疾患などによる場合もある。ただ単に転んだというだけでは救急車は呼ばないから、搬送されるのはおそらく氷山の一角だろう。

とある論文によれば、高齢者の転倒の一割が骨折を伴うという。多いのが大腿骨の頭というか頸のところが折れる大腿骨頸部骨折だ。高齢者が転倒して動けなくなり太もものつけねを痛がる場合はまずこれを疑う。手首の骨や上腕骨を骨折する場合もある。

転倒して頭を打撲して出血してしまうというのもよく見る。頭皮は血流が多いので出血が派手に見えるが通常はたいした量ではない。ただ、周りの人がびっくりして救急車を呼ぶわけだ。バスの乗降や歩径路のブロックが危ない。運が悪いと、頭部の打撲で急性硬膜下出血や外傷性くも膜下出血を起こしたりする。また、すぐに発症するわけではないが、慢性硬膜下出血の原因になったりすることもある。

慢性硬膜下出血(血腫)は、受傷後3ヶ月以内ぐらいに血液を混じた液体が緩徐に溜まって脳を圧迫し、性格変化や認知機能障害をきたす。緩徐に発症することが多いため、認知症として見過ごされてしまうこともある。頭部CTを撮れば一発で診断でき、局所麻酔で穿頭洗浄術という比較的簡単な手術で症状が劇的に改善するが、見落とされると死につながりかねない。決して稀ではなく、患者にとっても医師にとっても重要な疾患である。

クラスター、オーバーシュート、ロックダウン、だのという今流行りのカタカナ用語で高齢者の転倒を表現すれば、ロコモティブシンドロームという。そういう難しい言い方をせずとも、ヨロヨロ、ヨタヨタと、高齢者は転びやすい、と受け止めておけばいい。下図は日本臨床整形外科学会のホームページに掲載されていたもの。

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では、どう対応していけばいいかというと、これが難しい。搬送記録に目を通しているのも、それ自体が目的ではなく、そこから社会や医療体制に還元できる何かを引き出そうとしているわけだ。いつかは誰にも死が訪れるわけで、それは避けえない。だから、端的には、要介護になる時期をできるだけ先送りして、要介護の期間をどれだけ短縮できるか、ということが重要だ。そのためにはまずは実態を知らねばならない。

転倒は骨折のリスクで、骨折は明らかに要介護のリスクだ。ある程度の回復は得ても、高齢者ほど失われた貴重な日時の損失は取り戻しにくく、廃用性萎縮が起こり易い。バリアフリー化、手すりの設置などは本当に重要な対応だとつくづく思う。

リスクは何気ない日常に潜んでいる。高齢者になれば長年慣れ親しんだ自宅の階段も注意せねばならない。ちょっと電球交換を、という脚立、これは非常に危ない。足元がおぼつかない人は、エスカレーターではなく、面倒でもエレベーターを使った方が安全だ。ほんのささいな一歩がタイミングよく踏み出せないから転ぶ。こういったことをあげていけばきりがないぐらいだ。

転倒して骨折などの災難にあった個々の人は、全体はわからない。自分は運が悪かったと思いがちだ。でも決してそうではない。救急隊の搬送記録は実態をかなり反映している。ここでは、特に高齢者において、日常に多くのリスクが潜んでいますよ、とまずは伝えておきたい。

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