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2020年3月17日 (火)

新型コロナ雑感

ここのところ報道は新型コロナ一色だ。いい加減ウンザリもするが、仕方がない。3月16日時点での報道では、世界で16万6千人が罹患し、死者が6千人を超えたという。これだと一人ひとりがマスクをするよりも地球にマスクをさせた方が早い。下図はSARSの時の戯画。

Sars

それにしてもイタリアはどうしたことだろう。2万5千人ぐらい感染し、死亡者は1800人以上だそうだ。日本も偉そうなことは言えぬまでも、イタリアは日本など問題にならないぐらいに被害がひどい。対策をしてこなかったのかと思いきや、少し遅ればせながらも、それなりに厳しい対応をしている。一説には高齢化があると言われるが、それは日本も同じことだ。なぜなのか。

イギリスは、端的に言えば、完全防御にはサジを投げ、できるだけ軽く罹患して多くの人が免疫を持つことを期待しているそうだ。普通は、思ってもそんなことはなかなか口にできないものだが、アドバイザーが真剣にそう考えているのか、あるいはあの首相のキャラならではの言葉かも知れない。もちろん厳しい批判を受けているが、私は、これには一理はあると思っている。1918年頃に流行し、全世界で5000万人が死亡したというスペイン風邪(インフルエンザ)の時は、類似ウィルスに免疫があった人が助かったという話もある。ただ、決め手となる治療薬がなく、重症化のメカニズムが分かっていないので、軽く罹患して免疫をつけるという器用なことができるかどうか。

日本では、複数の20代の若い人が人工呼吸管理を受け、幸いに快復しつつあると報道されている。患者はもちろんだが、現場のスタッフがどれだけ重圧だったか同情に堪えない。重篤化や死に至るのは高齢者が多いとしても、若いから大丈夫ということにはならないようだ。

最近になってサイトカインという言葉がメディアに出るようになったが、前回の稿で触れたように、過剰反応でこれが悪いことをしている可能性はある。ただ、現場で対峙している身からすれば、「可能性がある」「かも知れない」というのは意味がない。評論家ならぬ身には、するかしないかの「決断」が最重要で、自らの経験では、そういう瀬戸際では“みんな黙って俺を見ている”状態であった。

それはともかく、ここまで社会に不安が拡がると、安部首相を責めようがどうしようが、多大な負の社会的影響は避けられない。現に、ホテルや旅館などの旅客業、航空業界、エンターティンメント業界、芸術系の業界は既に苦境に陥っているという。何とも気の毒なことだが、自分だけが傍観者でいることはできない。いずれ負の影響が回ってくる。私に関しては予定していた公演が2つ中止となり、もうひとつも少々怪しい。しかし、本格的に負となればそんな可愛い被害ではとうてい済まない。

暴論をはけば、1億2千万の人口から見れば、罹患者はごく一部だ。それに、対策がなされていないわけではない。不安を煽りすぎだ。PCRに関して口を出す素人の論など、全く気にせず切り捨てていい。メディアにも、芸能人のくだらぬ言を無節操に取り上げるなと言いたい。百家争鳴の今、専門家なる人の意見も金科玉条にする必要はない。

今まさに叩かれている“アクティブシニア”ならではかも知れないが、私に関してはあまり委縮せず、自らが罹患しない限り、生活のスタイルを変えるつもりはない。無駄遣いはしないし、そんな余裕もないが、レジャーであれ何であれ、やりたいことはやるつもりだし、買いたいものは買えれば買う。

私は経済には全く疎いが、それぞれがそこそこお金を遣っていかなければもちつもたれつの社会は維持できないと確信している。過剰な不安感と委縮こそが不況の原点だ。

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