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2019年9月15日 (日)

「嗤う」で思い起すこと

「嗤(わら)う」という言葉を普段我々が使うことはない。普通に「笑う」と記せばこと足りる。「嗤う」はあたかも死語か古語のような感じだが、昨今、韓国の話題につけ、しばしば使われているようだ。

あくまで嫌韓ネトウヨの落書きの話だが、「嫌韓」が「呆韓」になり、「拒韓」「哀韓」、そして「嗤韓(しかん)」という表現も目にする。韓国は“嗤う”対象になっている。まあ、ナッツ姫に水かけ姫、氷姫、果てはたまねぎ男と、なかなかセンスのいいネームミング、多彩で怪しげなキャラクターが続々登場するものではある。

嗤って遊んでいるうちはまだいいが、我々が韓国に対して「嗤う」という状況は、双方にとって決していいことではない。ただ、国と国との正式な約束を平然と踏みにじり、執拗に嫌がらせの限りを尽くす韓国の文在寅政権に対しては、「いいかげんにしろ」というのが一小市民たる私の率直な感情だ。ちなみに、昨年の自衛隊哨戒機のロックオン事件は、哨戒機の元パイロットの知人によれば、直ちに日本側から反撃されてもやむを得ないぐらいの行為だという。

彼らが勝ち誇るように“独島”だと大騒ぎして占領している竹島も、そもそもは李承晩元大統領が無法者的に引き、日本が実効支配していた島が誰も認めていないそのラインの内側にあったというだけのことだ。ラインに沿って日本漁船の拿捕と抑留など、当時の韓国は日本に酷い対応をしている。

さて、「嗤う」は多分に嘲笑を含んだ表現だ。いつから使われるようになったかは知らないが、これを有名にしたひとつは、桐生悠々(1873-1941)が信濃毎日新聞社説で書いた「関東防空大演習を嗤ふ」だろう。木造家屋が密集した首都圏では、空襲を受ければいかに防空大演習をやっていようとも、あっという間に大火災が起こり甚大な被害となることは明らかで、これでは既に負け戦を認めているようなものだと、厳しく批判した。

当時の陸軍はカンカンになったが、東京大空襲という形で事実として、その通りになった。反戦を論じた桐生悠々の言は封じられてしまったが、このような勇気ある気骨のジャーナリストがいたことは記憶されていい。下掲はWikipediaより。

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桐生悠々がその一文をものしたのはまだ日本に一発の爆弾も落ちていない昭和8年(1933)のことであった。要人を殺害し、軍事クーデターを起こそうとした二・二六事件は3年後の昭和11年(1936)である。河合栄治郎(1891-1944)は帝大新聞でこれを厳しく糾弾した。彼もその後言論弾圧を受け、出版法違反として裁判で起訴され、東京大学教授を休職にされてしまう。

昭和14年に日本陸軍はノモンハン事件(“事件”は多分に糊塗的な表現で、実際は日本が仕掛けた戦争)を引き起こす。以前にも触れたが、日本をはるか遠く離れ、昔時の廟はあるにしても、今のモンゴルと中国国境に接している荒涼たる草原でしかないノモンハンには、嗤われてもしかたがない第二次世界大戦の日本軍部の愚かさが凝縮されている。それでもよく戦った日本兵は、日本陸軍中枢、関東軍中枢、そしてソ連軍に空しく殺められたようなものだ。これが批判されなかったのは情報が隠匿されたからである。

私も既に人並みには渡航経験があり、面倒なこともあって、今さら外国に行きたいとは思わない。だが、このノモンハンにはいつの日か訪れ、あまた多くの悲劇を生んだ戦地の象徴として、柄にもなくしばし殊勝な思いにひたってみたいと願っている。ノモンハンについてはいずれまた書いてみたい。

「嗤う」と言えば、アメリカ大統領トランプ氏の言行にもそれを誘うものがある。哲学が感じられない絶大的権力は「嗤う」を超えて恐ろしくもある。ジャーナリストの木村太郎氏は、「好きではないが」とことわりつつ、日本で当初は泡沫候補だとかキワモノ候補だとか言われていたトランプ氏が当選することを早い時期から予見していた。大恥になりかねないリスクを背負っての、先見性のある明言で、これがジャーナリストのあるべき姿だ。氏はこれからをどう予測しているのだろうか。

桐生悠々の時代と違って今の日本には言論の自由がある。「アホノミクス」と嗤おうが、「改憲で戦争への道を進む安部晋三」と誹謗しようが、言う方はリスクを負わない。ただ、これは一般人の話であって、社会に影響を及ぼす言論人となると話は別だ。もちろん拘引だとか封殺するという意味ではない。

日本は「言論への質の検証」という作業が社会にないので、“責任なき言いっぱなし”が横行する。かつて北朝鮮を誉め称えた“知識人”なる人がいかに日韓問題を論評しようが、言うのは自由だが、とりあげる必要もなければ傾聴する必要もない。なのに、現実は臆面もなく登場している。これは実に嘆かわしく嗤うほかない。

歴史的経緯、人権問題への言及がなければいかなる北朝鮮論も意義はない。一般人は床屋談義でもよかろうが、特権的に情報が取得できるメディアや、知識人と言われる人たちは別で、「言論の自由」は「言論への質の検証」とセットであることが必須である。その点からすれば、韓国に関する報道は、断片的、垂れ流し的で、いったい何が真実なのか、彼らがどういう人たちなのか、わからなくなってきている。

日韓問題に限らず、アメリカ、イギリス、イランなど、今の国際政治情勢は本当に混沌としている。しかし、どこかに、先で振り返って、あれは正しかった、という言説があるはずだ。残念ながらそれは私にはわからない。幸いにしてその判断をせねばならない責任ある立場にはいない。

個人的には、せめてもと、現状を考えて見ると同時に、過去を振る、つまり歴史を見ることになる。朝鮮を保護国におき、満州に移民を送り、かいらい政権を擁立することはむしろ日本を危うくすると主張した石橋湛山(1884-1973)にも惹かれるゆえんである。同時代に彼の主張を目にしたら、とんでもないことを言うやつだ、と思ったことだろう。しかし、彼は正しかった。

今の状況下で150年近くも昔の“征韓論”の話でもあるまいと筆が止まってしまった。先で嗤われない冷静な判断は何か、シリーズを続けつつ、しばらくその模索が続きそうだ。

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