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2019年6月 5日 (水)

バナーからはずれます 感謝!

 改めて見ると、このブログ、書きも書いたり、長々と駄文を連ねてきたものだと自分でも思います。理事長のお勧めでその気になり、ほとんど自分勝手に楽しんでいるだけですが、それでも、読んで下さるかたがおられるというのは嬉しいものです。

 大原綜合病院のホームページに、バナーと呼ばれるブログへの閲覧誘導の見出しを頂いてきましたが、特任理事長補佐を退いてより、今は関わりが少なくなり、また、この度、病院のホームページを一新することを機に、『Dr井上のつれづれコラム』のバナーがなくなることになりました。カウント数が7万近くになったのも、ひとえにこのバナーのおかげだと思っています。
 医療のことをもう少し書くべきだったと思わぬでもないのですが、下手に書くと業界の内幕暴露的になり、また、医療は不確実で分かっていないことが多く、知識の提供というのは非常に難しく神経を遣うため避けてきたというのが正直なところです。大原綜合病院をネタにすれば書くことはいくらでもありましたが、例えば理事長や院長、事務局長とどういう話をしたかということなど、いい内容であっても、内幕的なネタは書きにくいものです。
 ただ、バナーがはずれる最後に、ひとつだけどうしても触れておきたいことがあります。それは、大原綜合病院の新病院玄関に掲げてある、世界で初めて野兎病を究明した大原八郎博士の偉業が銘された銅版です。この大原八郎博士あってこその今の大原綜合病院だとも言えるでしょう。もし御覧になったことがなければ、是非に見て頂ければと思っています。私は深く感銘を受け、理事長に、「あれはいいですね!」とお伝えしました。

 ブログそのものは私が個人的に開設したもので、明治維新のことなど、もう少し書いてみたいと考えていますので、今と同じアドレス、URLで続けます。「お気に入り」に登録しておいて頂ければ引き続きそのまま見ることができます。病院の品位を汚してはと、少々の遠慮はありましたが、これからは全くの個人責任になりますので、もう少し突っ込んだ内容にしていきたいと期しています。もしかして、「アレッ」と思われるかたもおられるかと、その旨今回お報せした次第です。
 長くバナーをおいて頂いたこと、もちろん、こちらが本筋ですが、長く大原綜合病院に関わらせて頂いたことに改めて深く感謝し、あわせ、病院の今後ますますの御発展を心よりお祈り申し上げます。

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