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2019年5月30日 (木)

西郷隆盛 その33 留守政府

岩倉具視、木戸孝允、大久保利通らの豪華メンバーを揃えた岩倉使節団が欧米の訪問に出発したのが、廃藩置県(明治4年7月14日:1871年8月29日)の余韻もまださめやらぬ明治4年11月12日(1971年12月23日)である。

廃藩置県は、藩の息の根を止める、すなわち諸藩の統治という地方分権を廃し、中央集権体制への礎となる大改革であった。これによりいわば殿様がそのまま就任していた知藩事は罷免され東京在住を義務づけられた。新たに藩を統廃合したような形で県が策定され、それぞれに原則的に中央派遣の県令がおかれた。

このシリーズの前稿で記したように、岩倉使節団が出発した後の政治を担ったのが、いわゆる「留守政府」である。形の上では公家の三条実美が首班であるが、岩倉具視のような決断力や実行力はなく、事実上、参議筆頭の西郷隆盛が今でいう首相の立場にあった。

“留守政府”という言葉からすれば、とりあえずおとなしく留守を担った、かのような響きがあるが、前稿でも触れたように、おとなしいどころか、大改革を大胆に進めているのである。既定路線もあったにせよ、矢継ぎ早におこなった内容からすれば、主体的に改革を進めていったとしか思えない。

『明治六年政変』(毛利敏彦 中公新書)には、「廃藩置県から岩倉大使帰国までの二箇年余は、近代日本の歴史において政治上・経済上・社会上の急進的改革が最も盛大かつ集中的に実行された時期であった」と記されている。

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これは毛利氏だけの言ではない。多くの書がこの留守政府を高く評価している。私なりには、「政府が最も元気のよかった時期」と表現した同時代のジャーナリストもいるし、この留守政府をして、「横論を豪も危惧せずむしろ喜んでこれを聞く様子があった」と表現した言論人もいるということに触れておきたい。今も昔も言論人は政府の“天敵”となる傾向があるが、天敵からも“あっぱれ”と評価されているのである。なお、この時期に新聞も多く発行されるようになっている。情報の共有と意見構築への啓発は民主主義の根幹である。

解釈と評価はともかくとして、事実として、この時期とそれに相前後して、封建的身分差別の撤廃、宗教の自由化、徴兵制の導入、「地租改正」と通称されている金納方式の新たな税制の導入、戸籍調査、宮廷改革、太陽暦採用、司法制度整備、人権擁護と国権外交の展開、義務教育たる学制の導入、などが行われている。

身分差別解消と人権擁護の推進、この二つこそが燦然と輝く留守政府の偉業であり、明治維新を維新たらしめた事績、だというのが私の見解である。江戸幕府のままでは決してここまでやれなかったであろう。未完に終わったとはいえ、他のアジア諸国には見られない近代日本の特筆すべき大きな前進であった。

混乱がなかったかと問われれば、もちろん大いにあった。改暦は赤松小三郎の師匠であった内田五観が手がけているが、当然にして大混乱を引き起こし旧暦の撤廃にはその後相当な年月を要している。日本人の識字率を大きく高めたのは「学制」で、市町村統廃合で今では廃れつつあるとはいえ、全国津々浦々どこにも立派な小学校があるのは、そもそもはこれに依っている。しかし、子どもを学校に通わせるという概念がない人々にとっては迷惑でしかなく、充分な予算のないままに押し付けられた地域には非常な反発があったようだ。封建的な身分解放の象徴とも言える「賤民廃止令」も、故なき差別を受けてきた非差別民襲撃という悲劇を起こしているし、非差別民にとっても、特権的であった旧来の生業を失う不安があった。徴兵令は国防も内治も国民が等しく担うといういわば身分差別解消のひとつでもあったが、士族にとっては「特権とそれによる優遇」のはく奪への道でしかなかった。

それでも、断行したというのが留守政府の偉さである。混乱も反発もあったにせよ、少なくとも結果的には、この時期に国を分裂させかねないような内乱は起こっていない。洋行組にあたかも危機状況であるかのようなSOSを発して帰国を急がせたのは疑獄事件で窮地に陥っていた山縣有朋、井上馨らである。小心な三条実美があまりの大胆さに不安を覚えたということもあるだろう。

洋行組の帰国後にこの留守政府の主要人物の多くが辞職することとなる。これが明治6年政変で、毛利敏彦氏に同意するかどうかはともかくとして、そのいきさつを詳述した『明治六年政変』は必読の書だと思う。

留守政府においては、寡黙で、まずは人の話をよく聞いて決断をなすというリーダーとしての西郷隆盛、西郷内閣を支えた副島種臣、大木喬任という逸材、そして、「彗星のように現れて彗星のように消え去った」とも称されている江藤新平の天才的な大活躍があった。江藤については稿を改めねばならない。

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