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2019年2月15日 (金)

プチじいさんの自虐

退職した団塊の世代が多いからだろうか、巷には高齢男性の自虐が溢れている。私はいわゆる団塊の世代より少し下で、まだかろうじて勤務をしているが、お役に立っているのかどうか、はなはだ怪しく、年金生活カウントダウンで、今となってはもう団塊の世代とは誤差範囲だろう。自虐、他虐を目にする度に身につまされる。

 

「高齢者」という言葉には抵抗を覚えるが、定義の上では65歳以上だそうだから、それだと私は高齢者を軽々クリアしているわけで、“爺さん”というか、“プチじいさん”として、自虐のひとつも口にしたくなる。元部下からのメールに、「今はもうゴルフに夢中の生ける屍のようなものだ」と返信しておいたら、後日会った時に大笑いしていた。

 

最近に目にしたのは「お地蔵さん現象」という表現だ。何のことやらと思ったら、パソコンの前に座ってずっとネットを見たり検索をしたりしていることを言うらしい。これにはドキッとする。「濡れ落ち葉」だとか、「夫在宅ストレス症候群」、はたまた「粗大ゴミ」だとかがあるので、それならまだ自室で引きこもりを決めこんだ方がいいと思うのだけど、それだと今度は「お地蔵さん」だと。
Photo
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190214-00193864-diamond-soci

 

そんな哀れなシニアが集う場は意外に多くある。私に関しては、サウナやゴルフ練習場、ゴルフ場、時たまに行くカラオケぐらいのものだが、碁会所や将棋会館、図書館、カメラなどの文化サークル、音楽教室、ウォーキングなども結構賑わっているのではないかと思う。パチンコやボートレースなどのギャンブルもあるかも知れない。旅行という楽しみもある。

 

シニアというか、年金世代になれば、遣えるお金も限られてくるし、その範囲で長年家計を支えてきた者が楽しむ分には大いに結構で、その権利もありそれが健全だと思う。誰しも必ず衰えるわけで、ただ長生きさせるというのは全く大きなお世話だ。働き盛りの時は思うようにできず、先も限りがあり、私は今が“ゴルフ適齢期”だと開き直っている。そういうシニアは間違いなく多くいる。

 

酒を楽しむ人もいるが、それ自体はよしとして、これは度が過ぎると周囲に大迷惑をかけてしまい、自らも階段などで転倒して大怪我をしたりする。業務のひとつとして、年間6000件を超える救急隊の傷病者搬送記録に全て目を通しているが、60歳代、70歳代での酒の害は恐ろしいほど多くある。世間にはあまり知られていないものの、全世界では酒の害で年間300万人が命を落としているようで、WHO(世界保健機構)は各国に警告を出している。私は体質的に酒を全く受けつけず、つねづね“人生損をした”と嘆いているが、こういうのを見ると少しホッとする。

 

歳を取ると小さい字が読みにくくなる。私にも十分その徴候はあるものの、幸いにまだ文庫本が読める。近くのイオンの中に結構大きな本屋さんがあり、週に二、三度新書コーナーに行くのを楽しみにしている。アマゾンでも買えるが、これだとどうしてもハズレが出る。手に取って著者や中身を確認して買った本はまずハズレはないと、これは自虐ならぬ活字好きならではのささやかな自負。もっとも、もっぱら安価な文庫本だからハズレでもあまり怪我はない。

 

先日、久しぶりに鹿児島を訪れる機会があった。城山に行く時に、西郷隆盛が最期に籠っていたといういわゆる西郷洞窟の横を通った。会食の際に超高名な鹿児島の知人が西南戦争をして、「あれほどの人がどうしてあんな馬鹿なことをしたのですかね」とつぶやくように言っておられた。私が「それは謎ですが、同時蜂起してくれる人が多くいると思っていたのでしょう」と答えると、「そんなところかも知れませんね」と。

 

西郷隆盛というか幕末維新のシリーズ、大河ドラマは終わってしまったが、折角に続けてきたので、自虐にばかり浸らず、シニアの楽しみとしてもう少し書き進めていきたい。今回の稿は息抜きまで。

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