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2018年5月29日 (火)

病院のパン屋さん

テレビの番組で一斤というか一本が6000円以上もする食パンが紹介されていた。高級食材に慣れている超セレブの皆様はいざ知らず、セブンイレブンの4ケ一袋100円かそこらのマーガリン入りブドウパンが好きな私など、「食パンがそんなに高いんかい!」とびっくりしてしまう。なんでも、材料からしてこだわりにこだわって丁寧に作るとか。そりゃそうだろう。フランスから週に3ケしか届かないパンもあるようだ。

 

そういう別世界の話はさておいて、パンの話と言えば、大原綜合病院新病院の玄関に入ったところにあるパン屋さんの評判がいいらしい。「これ、美味しいんですよ」と理事長から進められて食べてみて、「ホント、美味しいですね」と。これじゃ夕飯が食べれなくなると思いつつ、出されたふかふかのアンパンを結局2つも食べてしまった。

 

新病院の設計に関わらせて頂いたので、図面は数かぎりなく見たはずだが、「はて、パン屋さんをおいたかなぁ」と首をひねる。そういえば、と思い出したのがカフェ。福島医大にもあるし、最近の病院は待合いの近くにカフェをおいているので、そうしようという話になった。そのスペースがいつの間にかカフェ兼のパン屋さんになっていたわけだ。
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セクハラ、パワハラ、アカハラなど、昨今は何でもかんでもハラスメントになってしまう。匂いのハラスメント、いわゆるスメハラというのもある。昔は消毒液の臭いがシンボルだったが、今の病院は臭いには神経質になっている。タバコの臭いが死ぬほど嫌い、という人は多い。それもあってほとんどの病院は敷地内禁煙だ。本来ならいい香りのはずの香水も、苦手な人もいる。匂いには“慣れ”があるので、自分ではわからなくなっても他人にはよくわかるということがある。そういえば遠い昔、「どうしてシャツに香水の匂いがついているのか?」と追及されてえらく弱ったことがあった。閑話休題。

 

疾病によっては匂いに敏感な患者さんもいるので、コーヒーの香りはどうなのか、ということも設計の際に議論になった記憶がある。結局、「いや、決して刺激臭ではないし、コーヒーは和みのいい香りでよいのではないか」、という結論になった。

 

新しい大原綜合病院の玄関に入ると、食欲をそそるような、焼き立てのパンのほのかにいい香りが漂ってくる。設計に関わりながら、全く想定していなかった者が今さら言うのもなんだが、これは実にいいと思う。患者さんや見舞客、職員も癒されるのではないだろうか。そういう病院が最近は増えている。

 

日本でパンを最初に製造したのは伊豆韮山の代官、江川太郎左衛門英龍と言われている。1840年頃らしい。「代官がパンを作ったんかい」と突っ込みが入りそうだが、代官というのはそもそも幕府の領地、すなわち幕領の民政を担う役人で、多くは将軍に拝謁できる旗本だから、結構な高級官僚だ。江戸幕府に倣って諸藩も地方管轄の代官をおいていた。偉い立場ではあったが、それでいて、何でもかんでもやらされる中間管理職のようなところもあった。米と違って炊かなくていいパンが注目されたそうで、多分指示が下りたのだろう。

 

代官は、時代劇に出てくるような悪もいるにはいたが、ほとんどは職務に忠実で真面目だったらしい。訴えられたり、濡れ衣を着せられて罷免されることもあったようだ。任地には出張で赴く程度で、多くは江戸在住なのだが、英龍は韮山の私邸でパンを試作している。

 

大久保利通は西洋化を進めるにあたって自ら朝はパン食にしたという。福島名物薄皮饅頭の最初は1852年とあるから、小麦から作るわけで、もしかしたらあの薄皮はパンにヒントを得たのかも知れない。薩摩藩もイギリス人を“西洋風料理”で饗応した。慣れぬことにてさして美味しくはなかったにせよ、気持ちは伝わっている。パンにまつわっては面白い話がたくさん出てきそうだが、ここでは、大原綜合病院のパン屋さんは試食の価値はありますよ、と伝えるに止めておこう。

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