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2018年3月21日 (水)

西郷隆盛 その8 安政の大獄

「安政の大獄」は、勅許なしに米修好通商条約を締結(1858729日)した責任者である井伊直弼が、1858年から1859年にかけて、それに反発する志士達を片端から捕らえ、処刑などの厳罰を下した事件である。条約締結の優れた実務者であった岩瀬忠震を罷免し井上清直を左遷しているので、正常な精神状態だったのか疑問に思えるほどだ。

 

この事件にはもう一つの面があって、それは将軍継承(継嗣)問題である。将軍家定には実子がいなかったため、井伊直弼は徳川御三家から将軍家定と血縁の近い紀州徳川家のまだ幼年の慶福を推したが、英明の誉れ高い一橋慶喜を推す勢力もあり、その闘争に勝利した井伊直弼が、一橋慶喜を推した勢力に対して粛清したことである。水戸の徳川斉昭や福井の松平春嶽などの大物大名まで処罰している。島津斉彬への処罰も考えてはいたらしいが、さすがに周囲から諫められたようだ。

 

正室を迎えるなど、一橋家と縁の深い島津斉彬は軍事も辞さずの覚悟で一橋慶喜を推す。斉彬は朝廷を通じて「慶喜擁立に有利な勅語」を得ることで慶喜擁立を図ろうとして西郷隆盛に指示し、彼もそれに従って篤姫を通じて大奥の支持を取り付け、朝廷と親しい僧月照と相談を重ねている。ようやくにして得た勅語は、井伊直弼により慶福(家茂)擁立に都合のいいように改竄されたという。その辺りのことは、近刊の『命もいらず名もいらず 西郷隆盛』(北康利 WAC)でわかりやすく解説されている。

 

そんな最中、鹿児島に滞在していた斉彬が1858824日に急死する。これは西郷隆盛にとって大きな衝撃であった。

 

幕末、といっても、これも明らかに後付けの言葉であり、「幕府は危ないのではないか」「徳川を倒さねば」と思った人は多かったろうが、当時に“幕末”と表現した人がいるはずはない。現代に生きる我々は結果を知って歴史を見るので平気でこういう言葉が使えるが、騒乱の真っただ中にいた人は、結果などわからない。反幕の人達も徳川幕府擁護の人達も、信条や忠義に基づいた“命を賭けた闘い”だった。井伊直弼もまた幕府の存続のためにそれをした人である。しかも彼自身は強い尊皇精神を有していた。だからギリギリまで勅許にこだわったのである。

 

結果的に倒幕になったのは最後の最後であって、徳川家をどうするか、外様大名をどこまで参画させるか、などの内容の異同はともかく、反幕府の人達にほぼ共通してあったのは「天皇を中心としての幕政改革」である。攘夷も、あくまで幕府が(も)攘夷をすべきという論だが、反幕府でも内心が攘夷だったわけではない人もいる。いくら尊皇でも、朝廷が政務を担え攘夷もできると思っていた人はまずいない。この点は誤解しやすいので注意が必要である。

 

今の時代から見て、「この人は優れていたのではないか」と思えるような人が殺されたり、自死に追いやられたり、日の目を見ることがないままに終わったりというのは枚挙にいとまがない。「安政の大獄」もそういう人材を多く失った、あるいは貶められた事件である。僧月照の命も狙われ、かくまおうとした西郷も危うくなる。次稿で触れる。

 

井伊直弼自身もまた、1860324日、桜田門外で水戸浪士、薩摩を脱藩して彼らに加わった有村次左衛門らの襲撃により、時期外れの降り積む雪を真紅に染めて自らの命を落とす。
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 井伊直弼の死によって「安政の大獄」は収束したものの、国内はさらなる大混乱に陥っていく。テロも頻発し、これはもう“グチャグチャ”としか表現しようがないような事態だ。一筋縄では理解できない、というよりも、どうみても一筋縄からはほど遠い。孝明天皇からして、幕府依存というか、親幕府でありながら、強硬な攘夷というのだから、矛盾している。開国を進めながら攘夷を約束するという幕府の苦し紛れの二枚舌を誘発したようなものだ。攘夷を主張しながら生き残った人達は新政府発足までのどこかで開国を受け入れているはずだ。朝廷も分裂している。グチャグチャと切り捨ててしまえば思考停止に陥るので、私でときほぐせるところは先で書いていく。

 

西郷隆盛はというと、動乱からしばし離れた生活を送っている。まず“死に損ない”の身で1859年から奄美大島送りになり、赦されて1862年に2ヶ月ばかり帰還したものの、島津久光の怒りをかい、まず徳之島、そして沖永良部島に遠島になり、1864年まで通算5年にもわたって離島生活をしていたからである。

 

そんな人がなぜ維新の英傑とされ、今なお敬慕されているのか、そういう謎解きで歴史を見ていくのも面白さのひとつである。

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