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2018年2月12日 (月)

寒中閑あり

「喉もと過ぎれば熱さを忘れる」と同じで、過ぎたことは寒さも忘れる。だから「冬ってこんなに寒かったのかなぁ」と思ってしまう。この冬はすごく寒い。とはいえ、大雪山の頂上ならともかく、北海道の生活圏の地域でも氷点下30℃を下回ったところもあるようだし、大雪の福井も本当に大変だった。0℃かそこらの粉雪で寒がっていたのでは罰が当たりそうだ。

 

外に出る気がしない寒い夜は、熱燗で一杯、というのがいいのだろうけど、非常に残念なことに私にはその楽しみがない。いきおい、活字を読んで過ごすことが多い。ただ、小さい字を目にしていると、歳のせいか次第に字面がボケてくるので、あまり長い時間は読めない。

 

今まさに平昌での冬季オリンピックたけなわだが、あまり知らないこともあってチョロチョロ程度にしか見ない。そこで、以前にも触れたように、ヘッドホンをしてYouTubeで遊ぶ。音楽であればジャズやタンゴ、歌謡曲などをサーフィン。これはなかなか楽しい。私の身近にいる人は私がそうだとは想像もつかないだろうが、May.Jの隠れファン。可愛らしいすっきり顔が好みなのかも知れない。ただ、歌がうまいのはわかっても曲はサッパリ覚えられず、やはり懐メロがいい。今回は女性演歌歌手をネタに。

 

島津亜矢さんのオリジナルのヒット曲は知らないが、カバー曲は完全に自分のものにして歌っている。さほど美形とは言えないが、歌のうまさは女性演歌歌手では屈指だろう。今は、『哀愁列車』『岸壁の母』『無法松の一生』をローテーションで変えていく「お気に入り」においている。

https://www.youtube.com/watch?v=NFHZTlFTcns

https://www.youtube.com/watch?v=66D7xu0w_tI

https://www.youtube.com/watch?v=3kPQUZQo65U

 

『岸壁の母』は舞鶴が舞台だ。いずれ書くとしながら、引揚記念館のことはまだ書いていない。あまりにも重い話で辛い思いにかられるが、凍死や餓死が続出した極寒のシベリア抑留の悲劇はやはり語り継いでいかねばと思う。

 

誘われて行ったスナックで、メロディと歌詞に惹かれて、松原のぶえさんの『蛍』をウロ覚えで無理して唄ってみたら、お世辞ではあろうけど、ママさんが、「まあ、いい歌を歌われますこと」と言ってくれて気をよくした。下手が歌ってそうなのだからやはり名曲なのだろう。沖縄在住時に仲間と時々行っていた店のママさんが元プロ歌手で、今にして思うに松原のぶえさんと容姿も歌唱もよく似ている。全く売れなかったそうだが、やはりプロは全然違うとつくづく思ったことが懐かしい。『蛍』を歌ってもらえばよかった。

https://www.youtube.com/watch?v=D5Xyl4MTJBE

 

田川寿美さんは名前を聞いたことがある程度だったが、サーフィンで目にとまった。うまいのはもちろんだが、表情と仕草、情感で歌える美系の歌手だと思う。『越後獅子の唄』を惚れ惚れとして聞いている。この人は陰で相当に努力しているのではないだろうか。

https://www.youtube.com/watch?v=IQD_rUCVYX8&list=RDIQD_rUCVYX8

 

『越後獅子の唄』の作詞者は西条八十で、『誰か故郷を思わざる』『三百六十五夜』などを作詞し、また、演歌に限らず幅広く多くの作品がある。『三百六十五夜』はサクランボのようなつぶらな瞳の本間千代子さん(ちょい古くて恐縮!)が可憐な声でカバーしている。「みどり~の風に お~く~れ毛が~ ♪」と詩を書き出せる感性が羨ましい。

https://www.youtube.com/watch?v=rn1ZCa7xhLY

 

 

この大詩人の西条八十こそは、かの金子みすゞの才を見抜いた人だ。時は昭和2年の夏、下関駅の仄暗い一隅に人眼を憚るようにたたずんで西条八十を待つ彼女に、初めて会う。そのわずかな時間の出会いが、最初で最後であった。西条八十は金子みすゞをして「その容貌は端麗で、その眼は黒曜石のように深く輝いていた」と書き残し、金子みすゞ亡きあと、再訪した雨の下関でその名を呼び慟哭したという。
Photo

 いい歌には詩情がある。懐メロ好きと笑われようと、私はそんな曲が大好きである。

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