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2017年12月12日 (火)

大原綜合病院新病院棟完成祝賀会

123日の一般の方々への大原綜合病院新病院棟内覧会に引き続き、1210日、医療関係者や工事関係者を主な対象として、内覧会とその後に完成祝賀会がサンパレス福島で開催された。私も関係者として1210日に参加させて頂いた。
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新病院の内部を見るのは建設途中もあわせ4回目だが、嬉しいとか感慨深いとかの思いはなく、むしろ見るのが怖い、といった感が先に立つ。テストの成績発表を見る時の気持ちに似ている。「あそこはこうした方がよかった」というのが出てこないかとヒヤヒヤである。いや、あれだけの規模の複雑構造なので当然にして出てはくるだろうけど、今はただ、問題点が運用で軽減できる範囲であることを祈るほかない。

 

私がスタッフとして関わったのは新病院のグランドデザインというかコンセプトの練り直しと企画設計だが、病院の会議室で、あるいは設計会社の会議室で、設計士や病院のコアメンバーと幾度となく激論を交わしてきただけに、新病院には思い入れが深い。都市の中心部によくこれだけの敷地を確保したものだとその手腕に感心しつつも、南北の端で2m以上の高低差がある傾いた細長い土地でのレイアウトには思った以上に手こずった。

 

救急車の進入路ひとつとっても、ああでもないこうでもないと頭を悩ませたことを思い出す。平子健理事長と一緒に消防署を訪問して救急隊員の意見を集約して頂き、結果、通行量が多く他の車がスピードを出していて危険なため、国道13号側からの進入は避けたいというのが大勢の意見であった。これでは当初の想定は棄却せざるを得ない。

 

このことに限らず、そういった感じで意見を聴いていったので、設計士には数限りなく図面の書き換えをお願いした。もちろん、非常に厳しい予算の制約もあった。専門家ならではの経験と技術で根気強く取り組んでくれたことには感謝のほかない。

 

私に関しては特に救急部門について、「現状からすればオーバースペックではないか」という内なる葛藤との闘いであった。しかし、地域から救急への強い要望がある以上、大原綜合病院は現状に甘んじず人的整備を重ね、それに応えていかねばならない病院であり、この機にハードを整備しておかねば、という思いは強くあった。祝宴の際に竹之下誠一福島県立医科大学長がそのことに触れて下さったのには感激であった。

 

導線や部門の位置、広さなどを策定する作業である企画設計がようやくまとまって、これなら建築図面を作る作業の実施設計に移行できるとなった時には、ともども快哉を叫ぶ思いであった。でも、それはあくまで図面の上でのことである。だからこそ実際の建築物を見るにあたって上記のような思いにかられたのである。

 

さて、祝賀会は、その冒頭に遠藤千晶さんの箏(そう)の演奏があり、式典に大いなる華を添えた。まことに惚れ惚れするような澄んだ音色の演奏であった。私は全く知らなかったのだが、箏というのは13本の弦と、音程の調整をするための可動性のある柱(じ)が弦を支えているのが特徴で、これに対して琴の弦は6本で、柱はない。遠藤千晶さんは福島市の御出身で身内のかたが佐藤勝彦院長の治療を受けたという縁があったようだ。既に名をなしている一流の演奏家である。

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錚々たるかたがたの祝辞、乾杯、病院のあゆみの紹介などに引き続いて、福島県立医科大学混成合唱団の合唱が披露された。さらに職員で構成された大原グリーンハーモニー合唱団が加わり、佐藤勝彦院長作詞作曲の曲を、佐藤院長自らの指揮の下での合唱は圧巻であった。病院の御厚意で参列させて頂いた、高校・大学時代に混成合唱団に所属し今は宮城県で勤務医をしている次男に尋ねてみたところ、「指揮もすごく上手だし、合唱も素晴らしいと思う」ということであった。
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中締めのスピーチで小山善久副院長が、「赴任後に、5年後に新病院になる、と聞かされ、その2年後に尋ねたら、4年後という、その次の年に尋ねたら、4年後と返答があった。本当に新病院になるのだろうか」と不安にかられたエピソードを絶妙な語り口で紹介し、会場の大爆笑を誘っておられた。

 

会で配布された『あゆみと未来』と題された「大原綜合病院新病院棟開院記念誌」は涙なしには読めないぐらい、苦労苦労の連続であったことがわかる。経営苦境に追い打ちをかけるような東日本大震災という悲運もあったけれども、特筆されるべき東邦銀行の勇断など、あまた多くの人々に助けられたこともあって、どん底から不死鳥のように立ち上がってきている。

 

「人を愛し、病を極める」、大原綜合病院の理念である。大正13年に世界に先駆けて「野兎病」を発見した大原八郎博士を先人に拝する大原綜合病院ならではの素晴らしい言葉だ。その頌徳碑は今、新病院玄関に掲揚されている。大原綜合病院に関われたことを誇りに思い、これからまだまだ続く苦闘を乗り越え、地域に信頼される確固たる医療の砦とならんことを願ってやまない。

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