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2017年3月23日 (木)

思い出のスーダン

PKOで派遣されていた自衛隊が今年5月で撤収することが決まったと報道されていた。南スーダンのジュバで道路整備などの支援事業を行ったという。本当にお疲れさまでした、とその労をねぎらいたい。これから撤収の準備作業が始まるのだろうが、撤収というのも案外に大変な作業のようで、滞りなく無事任務を終えることを心より祈っている。
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私もそうだったが、多くの日本人にとってスーダンはなじみの薄い国だろう。だからこそか、一度しか行ったことのないスーダンは私にとって貴重な思い出の地である。とあるNGOに関わっていたことから、短期研修視察として「スーダンに行きませんか」という話があり、即に「行きます」と返事をした。あそこは内乱状態にあって危ないんじゃないですか、と心配してくれた人も周囲にいたし、当時は現役最前線にいたので少々辛いところもあったが、こんなチャンスは滅多にないと同僚に頭を下げまくって段取りを整えた。

 

実のところ、この旅は最初からあれこれケチがついた。急に重いバッグを持ったせいか、成田空港で、じっと座っていても起き上がろうとする時も、ひどい腰痛。いわゆるギックリ腰、筋筋膜性腰痛である。鎮痛剤を飲んで少しずつ緩和はしたものの、これには最後まで泣かされた。

 

中継地のアムステルダムはひどい風雨で、外が全く見えず、着陸体制に入った飛行機がグラグラとひどく揺れる。ようやく見えたのはまさに直下の滑走路。いよいよ着陸と思ったものの、まだグラグラしていて、なかなか着地しない。これではオーバーランしてしまう、と目をつぶった瞬間に再上昇。これがまさしくタッチダウン寸前からのゴーアラウンド。上空を旋回してから再度着陸を試み、グラグラしながらも今度はうまく着陸。飛行機好きの私にしてさすがにこの時は冷えた。パイロットも相当な緊張だっただろう。乗り継ぎの待ち時間に空港から見るに、どの飛行機も苦労していたようだ。

 

アムステルダムからカイロを経由していよいよスーダンの首都ハルツーム。午前4時なので真っ暗かと思いきや、灯りが多く見える。

 

外に出るとムーッとする暑さ。ホテルに一旦チェックインしてすぐに役所に挨拶。さらにまたハルツームのWHOの事務所を訪問して活動内容についての説明を受ける。所長はイラン人で、この人がなかなかひょうきんな人で親近感を覚えた。後年、『イラン人は面白い』という書を読み、確かにその通りだと思ったものだ。イランというと今ではガチガチのイスラム原理主義と受け止められているが、イラン革命の前のパーレビ王朝の時代は親米だったためかなり西洋化が進んでいて、文化がかなり混在している感がある。

 

いつどこに行ったか、手帳や資料なども引っ越しのどさくさで失くしてしまったので、よくわからないのだが、このスーダン訪問は19953月のことだというのははっきりわかる。もう22年も前のことだ。なぜ分かるかというと、スーダン滞在中に地下鉄サリン事件が起こったからである。この稿続く。

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