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2017年3月 6日 (月)

『怒る富士』

黄金の稲穂のかなたに

 仰ぎ見る 富士の姿は

どんなにか 美しかろう・・・

 

これは、前進座の舞台『怒る富士』の主人公伊奈半左衛門忠順の最後の言葉である。1707年、宝永4年の富士山噴火で窮地に陥った村人に、命を賭して幕府の蔵米を放出して救済した忠順の、死を前にした語りには、大きな感動を覚えた。「何年かかろうとも、この村々を復興せねばならぬ」とは、彼の代官としての一途な信念であった。

 

私は演劇には全く造詣はない。『怒る富士』を観劇したのは、行きつけの喫茶店に宣伝用のパンフレットがおいてあって、富士山、噴火、江戸時代、新田次郎とあっては、「これは是非観なければ」とばかり、半ば冷やかし的気分で店のママさんからチケットを購入したからである。劇団の名前も知らなかったし、主演の嵐圭史さんのことも全く知らなかった。
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改めて調べてみるに、前進座というのは歴史の荒浪に翻弄されながらも、苦難を乗り越え創設85周年を迎える歴史と伝統ある劇団だと知った。嵐圭史さんも、演劇家系の名門に生まれ、幅広い役がこなせる実力派と高く評価されている人であった。当初、素人演劇に毛が生えた程度のドサ回り劇団かと、かりそめにも思ったことがまことに恥ずかしい。
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伊奈半左衛門忠順の生きざまにも、また、嵐圭史さんの、朗々とした張りのある声、それでいて決して過剰な演技にならず、その場面場面で、抑制のきいた、観客に何かを伝える表情の豊かさにすっかり感銘してしまった。そして、心から拍手をし、「来てよかった」と余韻にひたりつつ会場を後にした。なお、上に掲げた写真は、その時に会場で購入した冊子に掲載されていたものである。

 

新田次郎さんの、上下2冊の歴史小説『怒る富士』(文春文庫)については、観劇の前に読んだ。氏がこの作品を書き上げるために集めた資料は膨大になったという。

 

もともと気象庁の職員として富士山の測候所に逗留し、あるいは長く関わり、富士山に関する著書も多い。新田さんは、その中で、伊奈半左衛門忠順の伝承を聞き、その生きざまに惹かれ、惚れ込み、可能な限りの資料を集めて著したのが『怒る富士』である。冒頭に挙げた一節は小説にはないので、演劇の脚本として書かれたものであろう。胸に沁み込む。彼の死後、村人達はそれぞれにひそかに祠を設け、感謝を捧げていたという。今は浅間神社に接してそれらをまとめて伊奈神社として祀られている。

 

前進座の『怒る富士』は、3月末から4月にかけて会津、郡山、福島市など、福島県での公演も予定されている。この素晴らしい作品を是非に観劇して頂ければと願っている。

http://www.zenshinza.com/stage_guide3/2017ikarufuji/index.html

 

幕末史を少しでも見れば必ず名前があがってくるもう一人の忠順がいる。この人は相当な偉人なのではないかと、私にとってどうしても気になる人物であった。ようやくまとまった書を何冊か読んだので、いずれ紹介したい。

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