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2017年1月30日 (月)

サ高住

ここのところ「サ高住」という名称をよく見る。「サービス付き高齢者専用住宅」の略称だ。「60歳以上の高齢者または要介護者・要支援者」が対象で、これには住宅だけでなく個室型の老人ホームも含まれる。地方行政には整備の努力とその管理が課せられており、事業者に対する補助や資金の融通もある。

 

費用がやや高いが、個人にある程度の自由度があるサポート制度なので、自宅での生活が困難になった時の選択肢のひとつとしてどんどん増えているという。
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高齢者介護制度は、本格的には介護保険法の実施からと言えるだろう。多様なサービスと言えばそうなのだが、なかなかややこしく、多くの人にとって内容を十分に把握するのは容易ではない。それでも、いざとなれば有難さを実感する制度だ。

 

老親を施設に預けるというのは、かつては身内としてなにがしかの“やましさ”がぬぐえなかったと思うが、今はそのイメージはかなり払拭され、制度として確かに機能している。腐心して介護保険をまとめあげたのは当時の厚生省の事務次官だが、収賄で有罪となり懲役刑になっている。本当にそこまでの罪を犯したのか、ちょっと疑問に感じているが、せめて、功労は功労として認めてあげたい。

 

さて、私に関しては、以前にも書いたが、医師を同乗させて救急車を病院から発進させるという試行的プロジェクトで、週に1回か2回程度、救急車に同乗している。そのため、高齢者問題の深刻さを目の当たりにする。

 

とある救急要請。行ってみると、2階建てのアパート2階の80歳を越えた独居高齢者からで、食欲がなく体が衰弱して動けなくなったという。受け答えはしっかりしていて、近い身内は姉だけらしい。このアパートの階段は写真のようになっている。よくある作りだが、普段から杖歩行の人が、小高い坂の上にあるアパートのこんな階段を昇り降りしていると思うとゾッとする。周囲に商店もコンビニもない中で頑張って自活してきたのだろう。
Photo
こういう事例は全国に非常に多くありそうだ。自活できる限りは自活したいというのはわかるが、それにも限度がある。そのために高齢者介護制度がある。こういう高齢者をきちんと既存の制度設計にのせていくというのは、難しい面は多々あろうけど、やはり行政の責務だと思う。

 

物理的、経済的に余裕があり、身内が自宅で面倒を見れる場合でも、いわゆる“共倒れ”的な介護地獄に陥る可能性がある。実際、こういうところからしばしば救急要請もある。無理をせず介護保険を使って高齢者介護制度を段階的に活用していくべきだと思う。なお、かつてはいわゆる“老人病院”に入院という人も多かったが、「社会的入院」の問題が喚起され、施設型への移行が進んでいる。これは当然のことだ。高齢者に医療保険から多く遣うのは間違っている。高齢になって衰弱して死んでいくというのは誰しもが避けられない自然の摂理というものだろう。あくまで一般論だが、骨折など非常に苦痛を伴う疾患は別として、医療がそれに抗するのは適切ではないし、限りある医療資源の使途として効率的なものでもない。

 

自らはどうしたらいいか、それは誰しもに深刻に起こる問題だ。無理な自立はかえって周囲や社会に負担をかけてしまう。肉親に委ねると大きな精神的負担や物理的負担を与えてしまう。少しでも制度のことを知り、どうしたいか、あらかじめ意思を伝えておく必要があるだろう。在宅で訪問診療や訪問看護を受ける手もあるが、こと、片づけという点では問題の先送りになる。快適性と費用に大きな幅があるものの、できるだけ整理をした上で、可能なところで「サービス付き高齢者専用住宅」というのはその時期が来ればまずは悪くない選択肢だと個人的には思っている。

 

私も、定義の上では紛れもなく高齢者になってしまう。身内には、「今程度に仕事に行って、嬉々としてゴルフに行っているうちは大丈夫だと思う」と語ってはいるが、いつ何が起こるかはわからない。制度を見ながらエンディングノートというか、意思を伝えるメモをあれこれ書いているところである。死亡時や死後をも想定して、お寺さんのホームページをあれこれ見るのもなかなか面白いのだが、これはまた別の機会にしたい。

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