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2016年11月15日 (火)

高齢者による自動車事故

高齢者による自動車事故の報道が絶えず、誰しもが胸を痛める悲惨な事例が相次いでいる。本稿で苦い体験を交えて少し語ってみたい。

 

相次ぐ事故…高齢ドライバーが運転を「卒業」するには

と再アップされていた記事には改めて身につまされる。
Events8827m
http://www.iza.ne.jp/topics/events/events-8827-m.html

 

私自身、当時80歳を超えていた亡父の車の運転を止めさせるのに非常に苦労した。実家の近所の人から、「どうも運転がおぼつかないようで、危ないんじゃないでしょうか」との声があり、帰省の際に「先日、自損事故を起こした」との話も母親から聞いて、「これはいけない」と、止めさせようとした。

 

何度か説得したが全く効をなさない。のらりくらりと自己正当化ばかりして耳をかさない。相当に強く言って、ついに、「わかった」という返事に安堵したのも束の間、次に帰省した時に母親が「まだ乗っている」と。私にイの一番にそれを伝えるということは、母親はとっくに自らスパッと止めていただけに、なんとかしなければと強く思っていたのだろう。当時は仕事が特にストレス多く、ようやく時間を得て遠隔地から帰省してもまた同じ話の繰り返し。暗澹たる思いで職場にトンボ帰りするというのは辛いものがあった。

 

そんなことが何度かあり、あくまで開き直りの頑なな態度についに堪忍袋の緒が切れて、車の鍵を絶対に分からないところに隠すという強硬手段に出た。私が少し暴力的な人間であれば、何らかの暴行に及んだかも知れない。その時はそのぐらいの怒りを覚えていた。そこまでしなければならなかったこと、それなりに愛しんで育ててくれたであろう父親に対して嫌悪感を覚える自分が情けなくもあった。

 

私の場合は、後味が悪かったにせよ未然で済んだ。でもそれは、たまたま幸いだったというだけのことで、危ない時期は間違いなくあった。実際に老親に他人を死傷させる事故を起こされてしまったら悪夢どころの話ではない。被害者も被害者の御家族も、たまたま暴走の場に遭遇したというだけのことで何らの落ち度もないだけに、「どうして止めなかったのか」と、筆舌に尽くせない深い悲しみ、悔しさ、怒りが起こるであろう。つい最近も、認知症が疑われる87歳が起こした事故の巻き添えで児童が亡くなり、83歳の運転する車が暴走して30代の男女2名が死亡したという報道もあった。

 

ベストセラーと言ってもいいほどによく読まれている『加害者家族』(鈴木伸元 幻冬舎新書)によれば、犯罪の中でも、自動車運転過失致死傷等に分類される犯罪は断トツに多いようだ。もちろんそれは高齢者に限らない。私自身もそうだし、車を運転する限り誰にでもその罪を犯す可能性がある。リスクゼロはできない相談であっても、ハイリスクは避けねばならない。高齢者のリスクが高いことは確かだ。認知症は論外としても、生理的現象としての心身の衰えは誰にも起こることを大前提にせねばならない。

 

運転の過誤で他人を死傷させた高齢者は刑事に問われる犯罪者になり、身内はいわゆる「加害者家族」になってしまう。『加害者家族』を読むと戒め以上に恐ろしくなる。法的責任の如何に関わらず、被害者家族から糾弾され、社会からも白眼視され、塗炭の苦しみを味わうことになる。私自身、止めさせることの難しさを身に沁みて知ったので、多くは常識人であろう家族を責める気にはなれない。恐らく家族も心配はしていたに違いないし何とかしようとしていたと思う。でも、起こってから悔やんでも遅い。

 

仮に制約を課すとして、何歳で線を引けばいいのだろうか。実のところ、高齢者の活動度、すなわち、活動への意欲、知的能力、身体能力は個人差が非常に大きい。また、生活の上で必要という場合もあるだろう。活動が制約されてしまえば衰えは進む。全ての能力が同じように低下していくわけでもない。対策の難しさはこういったところにある。

 

免許証返上の一つの目安は75歳のようだが、免許証は身分証明書になるので、運転を止めても更新はしておくという人もいる。なお、更新の際の認知症の検査は、やらないよりはましかも知れないが、あてにはならない。

 

評論家然とした言はおくとして、自分自身が何歳で運転を止めるか、ということは切実な問題だ。ヒヤッとしたことが何度もあり、運転がうまいとは自分でも思っていないので、少し早めにハンドルをおかねばならないだろう。車に乗らなくてもさほど支障のない生活の組み立てを今から想定しておく必要があり、あれこれ思案している。

 

「やめる」と積極的な判断ができる時ならいいが、正常な判断が失われているということが自覚できない状況での判断に委ねてしまうわけにはいかない。何かの時には開封するようにと身内に伝え、毎年更新しているエンディングノートには、自分で決めて身内に公言している年齢になって自ら止めない時は、「車を取り上げるように」と明記しておくつもりである。高齢者の運転というのは、大きな、そして深刻な社会問題だとつくづく思う。

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