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2016年10月13日 (木)

医局 その3 教授

講座というか医局の主宰者は主任教授である。大体にして教授は一人だったが、昨今は診療教授や、非常勤職の特任教授や臨床教授と、講座にまつわって教授の名称がしばしば見られるので、責任者という意味で主任教授と称したりする。

 

医学部の教授と言えば、誰もが思い浮かべるのは「白い巨塔」だろう。山崎豊子さん原作でドラマ化され一世を風靡した。私も、原作も読んだし、映像の旧作も新作も観た。医療設定はやや不自然にしても、娯楽作品としては面白い。
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実際はどうかというと、いくらなんでもあれはちょっとおおげさなのではないかと思う。私の知らない昔はいざ知らず、今の医学部の臨床講座の教授で、自らを「白い巨塔」の頂点だと思っている人は、例えいたとしても少数派だろう。ただし、教授選は誰が新しい親分になるかということなので、医局員にとっては重大ではある。選考にあたる教授間の出身大学による駆け引きはドラマに似たようなところはあるかも知れない。とはいえ、最近の傾向としては自学出身にはこだわらないようだし、閥形成もあまりないように思える。

 

一般的な意味においても権力の源泉はひとえにお金と人事権だ。医局の主宰者たる教授はそれを有していると言えば有している。医師のプールからの実務の人事采配は医局長がするとしても、教授の意向は確認せねばならないし、教授から指示が飛ぶ場合もある。しかし、これは組織としては当たり前の話であって、だから「白い巨塔」だという話にはならない。会社であっても、社長、取締役、部長、課長などという秩序が構成されている。こういう序列的な秩序がなければ組織としての体をなさない。

 

医師人事に関しては、市中病院にとって医局から安定してよき派遣を維持してもらえば医師確保が楽だし有り難い。反面、機嫌を損ねて派遣を止められると非常に困ることになる。だから、病院長としては派遣を受けている教授や医局への挨拶回りが欠かせない。医局長も派遣先の病院に時々顔を出して様子を伺う。教授自ら訪れることもある。こういう異なる組織間での人事は医療界特有のものだろう。かつてはお金が動いたこともあるようで、ここに「白い巨塔」のゆえんのひとつがあった。しかし、それで逮捕された教授も逮捕されかかった教授もいる。今はもうないと思うし、双方やろうにもやれないはずだ。ただし、門戸軌道を正しくというか、明朗な形での医局への寄付は今もある。

 

教授の給料はどうかというと、少なくとも国立系の場合は医療職の手当てはつかず単に教育職なので、本給は何等級何号俸とかいうので規定される他の学部の教官と変わりはない。安月給というほどではないかも知れないが、リッチにはなれない。

 

講演や、市中病院に赴いての外来診療、手術などの副業がどのくらいあるか、多分、教授それぞれで異なっていると思う。技量や知名度にもよるだろう。こういった副業には学長や病院長の許諾が必要で、ある程度は認められているが、富を築くというほどのことはできない。学会出張などで何かと嵩張る出費をなんとかカバーする程度であろう。

 

市中病院や製薬会社、医療機器系の会社から寄付を受けることはあるが、学会開催という特定の目的か、国立系の場合は委任経理金として一旦国庫に納めて浄化し、そこからの支出も研究費などの正当な理由が必要とされるはずだ。公立系や私立系でもほぼ同じだと思う。業界も自主規制をおいている。

 

国から支給される研究費は、詳細な使途明細と領収書、研究報告書が必要である。個人使用になりかねないパソコンなどはダメだったと記憶している。政治家は白紙の領収書でも政務費の支出が許されてきたそうだが、公的なお金を相手にああいうのは医療界では考えられない。ただ単に、もう少し柔軟に遣いたいという思いであっても、流用や裏金作りをやれば刑事事件になってしまう。

 

新薬などの治験や副作用調査は、教授が受けてくれ、申請が通れば大学病院で実施でき、必要な場合は関連の市中病院などにも声かけしてくれるので製薬会社からの依頼は多い。医療界として必要なことでもある。ここでは間違いなくお金が動く。ただ、これもあくまでおおもとの組織に入ってそこから許諾範囲で使えるだけだ。かつてはこれを研究費に遣っていたが、今は、利益相反と言って、研究発表の際には特定の企業から支援を受けての研究ではないということを明示しなければ、あるいは支援を受けた場合はそのことを明言して審査を受けてからでないと、学会発表も論文報告もできないようになっている。

 

昔は過剰な接待もあったし、杜撰な面があったことは確かだが、昨今は何かと厳しく制約もある。税務署の査察に入られた医局も少なくないはずだ。教授は、やりがいもあるだろうし、自己研鑽という意味でも大きな励みになる職位だし、知名度の向上、研究、名誉、多くの医局員を従える権勢、そういったものに価値を覚える人にとっては貴重な地位だろうと思う。しかし、こと個人のお金という点においては、おそらく「白い巨塔」は遠い過去の話だ。

 

多分に不文律ではあるが、教授になれば、医局員の面倒を見なければならない。俗に3点セットと呼んでいる、専門医取得、留学経験、学位(博士号)だ。学生教育も医局員教育も担わねばならないし、研究費も捻出して研究においても臨床においても実績をあげなければならない。外国人医師や研究者を招へいする人脈作りも欠かせない。それに、医局員それぞれに相応しいポストのあてがいが面倒見の仕上げだ。これらは相当に大変な業務だ。医局員が皆、技量抜群・人格円満というわけではないし、関連病院も新臨床研修制度によって自前で育成する医師が少しずつ増えてきて、教授の言うことには全て従う、という時代でもなくなったので、さぞ頭が痛いことだろうと思う。昨今は教授を自ら辞める人も出るようになっているし、教授になる機会をあえて袖にする中堅医師も少なくない。

 

私は教授になったことはなく、同窓会費も医局費も滞納して久しいので、偉そうなことは書けない。それでも、内部から見たら大体こんな感じ、という程度には説明できたのではないかと思う。次回は医局についてまとめ的に書いてみたい。

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