« 『県庁そろそろクビですか?』 | トップページ | 新聞の囲碁欄 »

2016年7月20日 (水)

宇宙と江戸時代

ささやかなマンション住まいの私には書庫というほどの大層なものはないが、それでも買った本を並べておく場所が少しはある。よく書いているように、改めて見て宇宙に関する書が多いが、どういうわけか江戸時代に関する本も結構ある。脈絡はないのだけれど、自分にとってどちらも面白い。

 

近刊の『天文学者たちの江戸時代 ―暦・宇宙観の大転換』(嘉数次人 ちくま新書)は、その脈絡をつけた書で、江戸時代に生きた天文学者達のことを取りあげている。さすがに素粒子だの暗黒物質だのという話はないが、江戸時代の人たちが宇宙というか天体をどのようにとらえていたかについて記されており、これだと両方楽しめる。

 

江戸時代末期に測量と天体観測で驚くほど正確な日本地図を作製した伊能忠敬(17451818)のことは誰でも知っている。伊能忠敬については作家の故井上ひさしさんに『4千万歩の男』という小説仕立ての大著がある。読んだのは随分前のことにて詳細は覚えていないが、その中で、志を立てた伊能忠敬がまず幕府の専門家に教えを受けたことが記されており、それが天文方の高橋至時(17641804)という人であったことを今さらに知った。下に掲げるのは伊能図と呼ばれる「大日本沿海輿地全図」で、よくもまあと、ただただ驚嘆するほかない。
095b15dhttp://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E4%BC%8A%E8%83%BD%E5%BF%A0%E6%95%AC+%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9C%B0%E5%9B%B3#mode%3Ddetail%26index%3D0%26st%3D0

江戸時代には地球が丸いということは知られていて、では、どのくらいの大きさか、というのが高橋至時にとって問題だったようだ。そもそもは蝦夷地測量を大義名分としてその大きさを知るために伊能忠敬を測量に派遣したという。至時は、「自然のしくみはシンプルであるはずだ」という持論を有していたというから、今に通じる斬新な思考である。

 

江戸時代であっても、変則的な動きの惑星(水星、金星、火星、木星、土星)は把握されていて、他のいわゆる恒星とは区別している。高橋至時は、天が動いているのではなく、地球が動いているといういわゆる地動説を信じていた様子があり、太陽を周回する惑星の軌道が楕円であるということも把握していたようだ。ただ、庶民にとっては天動説か地動説かというのはどうでもいいことで、天文方の力量が試されるのは、暦を正確に作成し、月食や日食を正確に予測できるかどうかということであった。高橋至時はその任をきちんとこなしている。残念ながら、この天才的天文学者は41歳で亡くなった。ちなみに、暦の作成は京都の公家の専制事項で、幕府の役人である天文方が実務を補佐する形になっていたようだ。

 

八代将軍徳川吉宗(16841751)というとテレビドラマの影響で我々一般人には“暴れん坊将軍”のイメージが強いが、実のところは理系将軍であって、自らも学び、天文台を創ったりもしたらしい。『天文学者たちの江戸時代』はそんなエピソードも交え、高橋至時を基軸に、師である麻田剛立(17341799)、さらにその先達である渋川春海(16391715)、高橋至時の盟友間重富(17561816)、長男の高橋景保(17851829)、次男の景佑(17871856)などの人々で描かれている。彼らがもしタイムマシンで今の時代に現れたとすれば、最初は科学の進歩に驚嘆するだろうが、年余を経ずしてトップクラスの天文学者になるのではなかろうか。そのぐらい頭脳明晰で当時としては可能な限りの算学や観測技術に長けていたように思われる。

 

高橋景保は、シーボルトに伊能図の写しを渡した罪に問われ結局獄死してしまうのだが、これは私利私欲ではなく、シーボルトが保有していた世界地図の情報を引き換えに得たかったからだという。そのぐらい外国の情報に飢えてきたわけだ。自然災害や飢饉に追い打ちをかけられたこともあって、安定を誇った江戸時代もこの頃から次第におかしくなっていく。

 

江戸時代というのは、随分乱暴な統治もしたわけだが、中央集権でありながら地方分権型国家社会主義とでもいうような体制で、300年近く対外戦争もせず、大きな内乱もなかった。こういうことは、知る限り日本の歴史上他に例がない。明治、大正、昭和の三代だけでも日本は内外の騒乱や戦争に明け暮れている。この70年ばかりは比較的平穏だが、それでも期間としてはまだ江戸時代の41にしかならない。この江戸時代が育んだ独自性に富む文化には興味が尽きない。

« 『県庁そろそろクビですか?』 | トップページ | 新聞の囲碁欄 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事