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2016年7月26日 (火)

新聞の囲碁欄

普段何やらゴチャゴチャとややこしそうなことを書いているので、新聞もさぞ難しいところを読んでいると思われるかも知れない。が、決まって読むのは囲碁欄である。

 

では囲碁が強いかというと、サッパリだめ。はっきり言って才能は限りなくゼロだ。アマチュアの有段者に9子のハンディを貰っても勝てないだろう。もちろん棋譜も読めない。それでも、かつて在籍した病院の談話室で囲碁が流行していた時にちょくちょくやってはいた。楽しいのは楽しいのだけど、我がヘボさが情けない。先の20目の地よりも目の前の3子を取られたくないという打ち方をしてしまう。将棋で言えば、「ヘボ将棋、王より飛車を可愛がり」の類だ。ゴルフで言えばハンディ30ぐらいのものだろう。
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インターネットで囲碁を楽しむ人も多いようだ。
http://wwwa.pandanet.co.jp/a/hokkoku/

かつて、私が同僚とやっているところを面談にきた囲碁好きの事務系の役員が見て、「先生の碁はちょっとイケませんなぁ」とあきれていた。露骨に言われるのもあまり面白くはないが、どう考えても事実だから仕方がない。若い時に、勝負事は才がないと自覚し、以来、ギャンブルなどにも手を出さないので、その点では幸いだったかも知れない。

 

そんな私がなぜ囲碁欄を見るかというと、ひとえにその文章に惹かれるからだ。面白く勝負の行方に気をもたせる書き方をして、次の稿に上手につなぐ。実にうまいものだといつも感心している。新聞は字が小さいのでいかにも字数が多いように思えるが、この欄だとせいぜい400字、原稿用紙1枚程度の字数しかない。文章を短くまとめるのは難しい。

 

試みに718日の読売新聞の山下九段と河野九段の棋聖戦の中盤は、「鋭い反発」が見出しで、あれこれの解説があり、「黒が優位に立った」としている。続く21日は、「話は終わらない」の見出しで、「黒73までフリカワリとなった。さて、勝負の振り子はどちらに振れたのか―。溝上九段によれば、『話はまだ終わらない』のだという」と結んでいる。今回の観戦記の高見亮子という人がどんな人かは知らないが、結構神経を遣って書いているに違いない。「シノギ」「ワタリ」「ノゾキ」とくれば、何やら怪しげな言葉だが、囲碁用語から転用されたものもあるかも知れない。

 

ちょっと前にトッププロの棋士がコンピューターに勝てなかったということが話題になっていた。多分それは仕方がない。暗算もそろばんも人間技とは思えないような達人がいるが、それでも、コンピューターどころか電卓に対してでも計算能力で勝ち目はない。囲碁もソフトが発達すればそうなってしまうに違いない。だからと言って囲碁がつまらなくなるかというと、そんなことはない。いくら総合格闘技のチャンピオンであっても、戦車にはどうやっても勝てはしない。100m走がいくら速いと言ってもしょせん時速40㎞ぐらいでしかもごく短時間なので、これではどんなポンコツ車にも劣る。しかし、そういうものではない。生身の人間同士が悩に、あるいは身体に汗をかいて勝負するから迫力もあるし面白いのであって、その面白さが失せることはないだろう。

 

そんなことをブツブツ考えながら、きっと明日も囲碁欄を読む。才あらばもっと楽しめるだろうと少々悔しくもある。

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