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2016年6月 6日 (月)

がんと闘った科学者の記録 その8 化学療法

前回の関連稿で紹介したように、戸塚さんは、がんについて「闘うのではなく、もう少しゆるやかに余命を延ばす方法を研究してほしい」とのべている。手術後や化学療法での“闘い”は相当に苦しく、それでいて次第に衰弱していくことの辛さからの言葉だと思われる。

 

つい最近に読んだのは『「がん」では死なない「がん患者」 ~栄養障害が寿命を縮める~』(東口高志 光文社新書)で、これは実にいい書だ。がんに関心のあるかたは是非読んで欲しい。「着地点を見極めて“逆算のがん治療”を」という章もおかれている。著者は外科医で、膵頭部がんで黄疸をきたした51歳の患者の膵頭十二指腸切除を3時間24分、出血量240mlで終わらせ、患者は10年後も元気にしていることを書の中で紹介している。一般の人にはピンとこないだろうが、かつて手術室の業務に携わった業界内部の者として、これができるのは卓越した技術だと断言できる。これなら近藤誠さんも文句は言うまい。もちろん著者の主張はそのことではなく、生のために極めて重要な栄養管理、特に腸管をできるだけ自然な形で使う努力がないがしろにされ、あたら寿命を縮めていることも少なくないので、それを改善すべきということである。私自身は自らが主になってのがん診療の経験は乏しいが、重症の広範囲熱傷などで、栄養管理の重要性、特に腸管を機能させることの重要性は骨身に沁みている。それだけに、本当にそうだ、と首肯しながら東口氏の本を読んだ。
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戸塚洋二さんは、術後のイレウスが度々起こっているため、栄養摂取が思うようにできなかった。私は、無理して活動したということよりも、そちらの方が問題だったと考えている。また、化学療法の副作用でも随分苦しい思いをしたようだ。食欲不振や吐気も栄養障害の原因になる。副作用の間質性肺炎で酸素ボンベが離せなくなる時期もあった。

 

200011月に大腸がんの手術をして、20042月に左肺に転移が見つかり、手術で切除し、その後しばらく化学療法を受けている。ところが、20042月の写真を見なおせば、右肺にもかすかな影があったという。右肺の影が明らかに分かるようになったのが20059月だ。以前に記したように、20064月から療養に専念したものの、がんは全身に転移し、20087月に亡くなっている。この間、化学療法を受け、経緯をブログに詳記している。戸塚さんは腫瘍マーカーや画像などから、後顧的に2005年半ばにはがんは相当に進行していたと自己分析しており、CTなどで定期的にチェックする必要がある、と記している。しかし、だからといって転帰が変わるとは思えないので、私はその意義は乏しいと思う。それよりも、副作用で苦しんだ化学療法の当否が問題だろう。

 

非常に興味深いことに、戸塚さんへのインタビューをしている立花隆さんは、近藤誠さんと直接の対談をしており、『抗がん剤だけはやめなさい』(近藤誠 文春文庫)に収載されている。その中で比較的新しい抗がん剤である分子標的薬による治療も受けた戸塚さんの経過について語り、戸塚さんが「薬が効いた」と語っていることを引用し、「抗がん剤の全否定というのは行き過ぎじゃないか」と単刀直入に質問している。それに対して近藤氏は、個別体験ではなく、「一番頼りになるのが、結局、生き死になんです」と答え、延命効果が実証されていない、とのべている。

 

戸塚さんは治療効果や余命を予測するためにデータベースを作るべきだと繰り返し記しているが、『がんと闘った科学者の記録』で「あとがき」を書いている東大空手部の後輩で元国立がんセンター総長の垣添忠生氏は、全国レベルではまだそれが緒についていないことを率直に吐露している。その理由は色々あるにせよ、これは医学界にとって恥ずかしく残念なことではある。

 

データベースではないが、大腸がんの事例を多く紹介し、病態や標準的な治療についても丁寧に解説されているという点では、JPOP-VOICEは非常に貴重である。多くの人に参考になるのではないだろうか。ただし、比較的経過が良好な事例を中心に構成されている。
http://jpop-voice.jp/cancer/daicho/kaisetsu/09.html#p2

 

何年も前のことだが、医療統計分析を専門にしている医師でない研究者から、「色々依頼を受けて分析しているのだが、抗がん剤で延命効果の統計学的有意差は見られても、その期間が短い、本当に効いているのですかね」と尋ねられて返答に窮したことがある。知る限りでは、抗がん剤の腫瘍縮小効果は間違いなくある。しかし、戸塚さんがそうであったように、いずれ縮小効果がなくなり再び増大するようだ。患者は副作用に苦しみ、結局さほどの延命効果は見られない、あるいは副作用で命を落とすことも少なくない。

 

とはいえ、早期であれば手術で根治できる、化学療法も、副作用を可及的に抑え縮小効果を最大限に生かすということにおいて活路がある、と見るか、近藤誠さんのように固形がんについて手術はできるだけ避けるべきで、抗がん剤は有害無益と断罪するか、私にはよく分からない。ただ、今の医療界はがんについては早期発見早期治療至上主義で、“がん”なのだからと、概して命を縮めかねない侵襲が大の治療を選択しているように私は感じる。

 

おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒

と詠んだ江国滋さんは、食道がんの手術の合併症により62歳で亡くなっている。結果論で言えば、何もせずがんと酒を酌み交わしていた方が間違いなく命は長かった。中村勘三郎さんも手術により短期で不幸な転帰をとった。医師の判断や技術も極めて重要な要素だ。

 

なお、近藤誠さんの功罪を腫瘍内科の専門医が比較的冷静に語っている記事もある。立場や意見、方法論が異なっていても、「状況に応じた対応で少しでも穏やかに長く」と、両者が目的とするところは同じである。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/archives/takano-toshimi/

 

抗がん剤による治療が厄介なのは、いかにがん細胞といえども、自らの細胞であるということだ。仮にがん細胞を他者に移植しようとしても(倫理的に人体実験はできないが)、特殊な免疫不全状態にあるマウスをのぞいては、動物実験で他の個体に移植してもはねつけられて生着すらしない。発育できるのは自らの体だけだ。がんは2万ある遺伝子のほんの一部の傷によって発症すると言われているが、そのがん細胞のふるまい、生体の免疫機構は未だ謎だらけなのである。

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