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2016年5月 5日 (木)

がんと闘った科学者の記録 その5 やりたかったこと

前々稿で、戸塚氏が宇宙の暗黒物質について繰り返し触れていることを書いた。立花氏との対談の中では暗黒物質に関する質問に対して、「いやあ、ぼくもそこがいまの物理学の最大の問題だと思っています」と述べている。もっとも、これは素粒子物理学者や宇宙物理学者であれば誰しもが関心のあることで、戸塚氏ならではというものではない。暗黒物質の存在は1933年にツヴィッキーという人が提唱しているので歴史は長い。

 

暗黒物質を特定すれば間違いなくノーベル賞だが、それはあくまで結果であって、素粒子物理学者諸賢が賞を目的にやっているという感じはない。わからないものをわかるように一生懸命取り組むという本能が刷り込まれているかのようだ。清々しくもあるが、空しく終わってしまうこともあり、その競争は非常に熾烈である。決して楽な商売ではない。

 

戸塚氏は、「なぜ研究者は張り合って競争するのでしょうか。それは、研究では1番乗りがすべてで、2番煎じは成果とは認めてくれないからです」と書いていて、カミオカンデからスーパーカミオカンデでニュートリノの研究成果がなかなか認められなかった時期を「本当に苦しい10年だった」と述懐している。自信家、鬼軍曹とみられた面もあるのはそこに起因していて、内実は一途な努力家であり部下思いの謙虚な人だったと思う。

 

その暗黒物質の正体はまだわかっていない。近刊の『超対称性理論とは何か』(小林富雄 講談社)では、その最有力候補は「ニュートラリーノ」と記されている。これはまだ見つかっていない素粒子だ。先に存在が予測され、後になって実験で確認されるというのは素粒子物理の世界ではよくある。ニュートリノがそうであるように、実験と理論が交錯してどちらとも言えないようなところもある。暗黒物質に関しては観測が先行したと言える。脚光を浴びたのは1970年代にヴェラ・ルービンという女性天文学者が精密な観測によってその存在を証明してからのことだ。

 

余談ながら、『ニュートリノで輝く宇宙』によれば、戸塚さんは、東大での素粒子研究の仲間だった先にあげた書の著者である小林富雄氏に、「小林君、飲もう」と決まって午後5時になると声をかけてきたという。当時最新鋭のファクシミリから白紙しか出てこなくて、戸塚さんが“ハクシミリ”とボソッと言ったというエピソードも紹介している。戸塚さんから聞いた最初で最後のダジャレだったと。こういう一流研究者同士の人間的交流というのも面白いので、ノーベル賞受賞者である湯川秀樹、朝永振一郎、小柴昌俊氏などにまつわる話も機会あらば紹介してみたい。

 

さて、ニュートラリーノとは何か、なぜ暗黒物質の候補になっているかというのを理解しようとすれば、標準理論、クォーク、電荷、ボソン、スピン、強い力、弱い力、大統一理論、ゲージ対称性、GeV、反物質、重いニュートリノ、シーソー機構、マヨナラ性、サハロフの3条件、レプトジェネシス、対称性、自発的対称性の破れ、超対称性などなど、はては「弱虫」と、まずはこういったわけのわからぬ言葉になじんでいかねばならない。あれこれみてはみたが、私の理解は遠く及ばない。

 

超対称性とは何かと言えば、「異なるスピンの素粒子を結びつける対称性のことです」と小林氏の書にある。戸塚さんの言葉を借りれば、「ボソンとフェルミオンの間の対称性のことをいう」そうだ。けれども、これをして「ナルホド、分かった」とは一般人はまず言えまい。私も同じ。スピンが整数の粒子が「ボソン」、半整数のものは「フェルミオン」だから、言葉そのものが難しいわけではないが、理解となると話は全く別だ。紛らわしいが、現時点ではニュートラリーノは電気的に中性で反応性に乏しいこと以外はニュートリノとの接点はない。ただし、素粒子物理学者の村山斉氏は、ニュートラリーノはスピンが1/2で“ニュートリノの親せき”と表現している。

 

理屈はともかく、自然というのは確かに何かしら対称性を保つように造られている。我々の顔も右と左は対称だ。月が丸いのも、回しても折り返しても形が同じなので対称性があると言える。では全く同じかというと、微妙に違う。素粒子の世界も対称性にあふれているらしく、こちらはかなり厳密で、それが研究の糸口になることもあるようだ。物質と反物質も対称性のひとつだが、完全に対称だと合体して消滅してしまうというのは前々稿でのべた。10億分の2ほど対称性が破られていなければ我々の存在というか、今の物質宇宙が説明できないという。南部陽一郎氏は自発的対称性の破れ、小林誠、益川敏英氏はクォークが3世代があればK中間子での対称性の破れが起こることを論証してノーベル賞を受賞したわけだが、この破れでは全然足らないらしい。

 

クォークという言葉はそもそも鳥の鳴き声からとったので日本語に訳しようがないとのこと。陽子はアップクォーク2ヶとダウンクォーク1ヶで構成されている。クォークなどの素粒子は点ではなく振動するひもだというのが超弦理論で、それだと色々なことが説明しやすいそうだが、我々の感覚にある3次元ではなく、9次元を想定する必要があるのでこれまた実感とはかけ離れたわけのわからない世界となる。

 

さて、戸塚さんは1996年の『素粒子物理学』において、超対称性を補章としてあえて取り上げて解説している。「Planckエネルギーよりもずっと低いエネルギー領域でも、超対称性理論は興味ある予言をしていて、近い将来、それらの予言は実験的に検証される可能性が大いにある」「超対称性理論はさらに、TeVのエネルギー領域に多数のスカラー粒子や陽子崩壊の新しい崩壊モードを予言する」と記している。戸塚さんは数式や記号を使って一連の解説をして、現実に捉えうることとして、陽子が反ミューニュートリノと反K中間子に崩壊する可能性があると言っているように読める。1996年の時点でその探索がスーパーカミオカンデでやれることを示唆しているのである。超対称性理論を重要視していたことも確かだ。

 

ゴチャゴチャ書いたドサクサに紛れて私の勝手な思い込みを追記すれば、戸塚さんは、ニュートリノは実はマヨナラ粒子であって、そこに「消えた反物質の謎」を解くカギがあり、また、その質量があまりにも小さいことから、何か非常に重い粒子をパートナーに持っている、と見ており、直接にとらえるか、あるいは重い粒子は不安定ですぐに軽い粒子に崩壊するはずなので、それをとらえることはできないかと考えていた様子がある。重い粒子が未発見の右巻きのニュートリノなのか、超対称性粒子か、それは私には分からない。

 

戸塚さんの超対称性についての解説の一部を掲げておく。ノーベル賞を受賞した理論物理学者の南部陽一郎氏の高度な数学を用いた超弦理論は研究者でも難解らしいから、これでも簡単な方だろう。といっても我々にはどうせ理解できないという意味では同じことで、こんな教科書を書いておられたと、画としてちょっと眺めるだけでよいと思う。理論を文章だけで説明したのでは論証にならないので、研究者にとって数式は必然となるが、一般人は気にしても仕方がない。
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実は、ニュートラリーノというか暗黒物質を捉える実験は、カミオカンデがあった神岡でXMASSという名称の施設で2010 年に建設が終了し、現在、改善を重ねながら実験が進行中である。そのリーダーは鈴木洋一郎氏で、戸塚氏の弟分だ。
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http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/xmass/about/detector/index.html#advanced

 

その鈴木氏は「戸塚さんが現役を退いた後もさまざまなアドバイスをいただきました」と記しているので、これは戸塚氏が退職して治療に専念する20064月以降のことだろう。20088月にXMASS用の空洞が造られたとのことなので、計画はそのかなり前からなされていたに違いない。したがって、水ではなくキセノンを使うこの計画を戸塚氏がよく知っていたことは確実だ。

 

戸塚さんは、治療に期待してそれに専念して小康を得ることで、漠然とした願望ではなく、具体的かつ現実的なこととして、この実験に関わりたかったのではないだろうか。それが私の確信に近い推測である。今までの知識と経験を総動員して取り組めることが眼前にあり、そのために治療に専念したはずなのに、がん治療の経過が思わしくなかった、その時の思いはいかばかりであっただろう。神岡には、さらにニュートリノが研究できるハイパーカミオカンデがあり、カムランド禅もある。そもそも、博士課程学生だった時に原子核乾板の実験の適地を探し、最初に神岡を選定したのは戸塚氏だ。廃坑寸前の地を世界最先端の実験施設が凝縮された「カミオカ」にした最大の功労者が戸塚さんであることは間違いない。病魔さえなければ、思い入れの地でもう一度取り組んでみたかったことだろう。

 

200784日付けで、「本日から覚え書き程度に記録をつけたいと思います。A Few More Monthsとは妙なタイトルですが、病弱な身での願望を表します」としてブログを開始した時は、願ってもそれは叶わぬこと、という心境になっていたようだ。潔い人だったと思う。

 

用語を逐一解説する能力はないので本稿では多くを省略した点はお許し願いたい。次稿は戸塚さんのがんの治療経過について考察してみたい。

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