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2016年4月29日 (金)

2016年4月の記

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4月に熊本で大地震が起こった。犠牲となったかたがたに哀悼を捧げ、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げたい。このブログで、火山噴火や津波、地震など、自然災害について今まで多く書いていて、こういう時に何だかダンマリを決め込んでいたようだが、そういうわけではない。情報が多くある時にあえて触れる必要はないと思っていただけで、心配もしたし、身内も被災地に入ったので決して他人事ではなかった。九州北部も揺れて、「あれ、これは結構な地震だ」と感じ、震源が熊本で、ひどい被害が出たことはその後の報道で知った。

『西日本大震災に備えよ』(鎌田浩毅 PHP選書)を少し前に読んでいて、最小限の防災グッズは用意しているものの、さて、どう備えればいいかと漠然に思っていた。この書は熊本の地震を予知したわけではないが、東北や関東を含む東日本だけでなく、西日本にも大きな地震は必ず起こりますよ、ということを201511月に警告している。火山学者で京都大学教授の鎌田さんは上京の時は「気合い」をかけてでかけ、サバイバルグッズを携行するそうだ。まあ、京阪神も歴史から見れば十分危ないのだけども。
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周囲を含め、日本列島は断層だらけで、地殻に割れ目があり、また、複数のプレートが沈みこんでいて、安全なところはないようだ。危ないのは日本だけではなく、熊本とほほ同時期に起こったエクアドルの地震では、数百人にも及ぶ犠牲者が出ている。現今の人間の智ではいかんともし難く、自然災害が起こらないようにすることはできないので、いかに減災を図るか、が課題となる。熊本の大地震では、コンビニの営業再開が早かったので助けられたとの声も多く聞く。現にあれだけ多くあるのだから、支援物資の仕分けと配布に手間取るよりも、これを活用しない手はない。それにしても、新幹線の回復力には驚いた。裏に多くの人の尽力と労苦があったのだろう。移動、輸送ルートの確保は大災害の時の大きな鍵だ。益城町周辺は普段でもよく渋滞するところなので、今回は特に大変だったと思う。

地震というのは、「実感できないけれども、実感できる」ものだ。地面が大きく揺れて地割れも起こるというのは、平穏な時には想像できないし実感もない。もし情報も体験もなければ、「まさかこの地面にそんなことが起こるわけがない」と思い込むに違いない。しかし、いざ起こると恐怖を思い知る。我々が住んでいる地球は自転しながら時速11万キロぐらいの速さで太陽の周りを公転し、太陽系自体も時速80万キロ以上で天の川銀座を回っている。宇宙で動いていないものはないので、地球上での速度感覚で考えても無意味だが、移動速度とすればそうなる。誰しもそんな実感はゼロだろう。人間は素晴らしい感覚器を備えているが、こと大きなスケールにおいては、あるいは超ミクロでも、実感は全くあてにならない。歴史と現実、そして科学から学ぶほかない。

 

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JAXAが打ち上げた最新のX線観測衛星「ひとみ」の運用がついに断念となった。技術の粋を集め、打ち上げにも軌道投入にも成功したのに、その後に破損してしまったようだ。「ひとみ」としては束の間の命で、失敗に終わったASTRO-Hとしてのみ名前が残されることだろう。宇宙からは、いわゆる光、可視光よりも、光の一種であるX線からの情報の方がはるかに多い。ASTRO-Hは、「あすか」「すざく」など、思うように機能が発揮できなかった今までのものより格段に進化させたもので、期待が大きかっただけに、何とも残念だ。国際協力も得ているので日本だけの問題ではない。
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神岡で戸塚さんと一緒に写真に映っている小田稔氏は宇宙からのX線観測で世界的な業績を残しており、以後、この領域において日本は世界のトップレベルにある。写真左端が小柴氏、右端が小田氏で、中央が戸塚氏。(『ニュートリノで輝く宇宙』 別冊日経サイエンス 2009年)
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かのハッブル宇宙望遠鏡ですら、最初はほんのわずかな誤差により期待はずれの画像しか得られず、苦境に陥っていた。それでも、対策に知恵を絞り、再開したスペースシャトルでハッブルをとらえ、船外活動で部品を交換することに成功し、その後も改善を加え、長年にわたり宇宙の素晴らしい姿を我々に提供してくれている。アメリカのNASAの科学者、技術者の底力と魂を如実に示してあまりある。先に名前をあげた小田稔氏も最初のX線衛星CORSAの失敗にくじけることなく、3年後の「はくちょう」を成功させている。JAXAも心意気を見せてもらいたいものだ。

 

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今回は、4月の記として気紛れなスタイルで雑感を綴ってみた。いよいよゴールデンウィーク。私はと言えば、近場でのゴルフ以外は、どこにも出かけず引き籠りの予定。これはこれで自分としては悪くない過ごしかただと思っている。

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