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2016年1月 5日 (火)

年末年始雑感

クリスマスを楽しみ、お寺の除夜の鐘で新年を迎え、神社に初詣をする、というのは、無節操なのか柔軟なのか、よく分からない。事実として多くの日本人はこの奇妙な風習を身につけたようだ。

 

それにしても、2015年の年末、2016年の年始は拍子抜けしてしまうぐらいに暖かい日が続いた。そのせいもあってか、年始風景というか、季節感をすっかり喪失してしまったような気がする。羽子板、駒まわし、凧揚げなど、どこの国の話だったのかと思ってしまう。大晦日定番の紅白歌合戦など、昔はそれなりに楽しみにしていた気がするが、今は関心ゼロで、全く見ない。低視聴率だったということは、世間もそういう傾向にあるのだろう。多分に娯楽過多の時代だ。

 

そうであっても、ネットでデザインを買ってプリントを注文し、年賀状を妙に律儀に出しているのは我ながら少々不思議ではある。折角なのでここにアップしておこう。

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http://nenga.netprint24.jp/?gclid=CKuc6Kf2xskCFQt_vQodGP4Olw

 

テレビでは西之島新島の調査に取り組む技術者、科学者達の姿、バヌアツの火山の迫力ある映像に見入ってしまった。やはり火山は、少なくとも私にとっては、非常に興味深い。丁度20162月号の『Newton』「火山と超巨大噴火」の特集に眼を通したところだった。今は火山学者の鎌田浩毅氏の『西日本大震災に備えよ』(PHP文庫)を読んでいるところ。京都大学教授のこの人の講義は学生に大人気らしい。

 

酒が飲めない活字好きにとって年末年始は稼ぎ時だ。宇宙に関しては『ブラックホール・膨張宇宙・重力波』(真貝寿明 光文社新書)、『宇宙の始まり、そして終わり』(小松英一郎・川端裕人 日経プレミアシリーズ)、『相対性理論の世界』(ジェームズ・A・コールマン 中村誠太郎訳 講談社)を読んだ。理解はというと、全然できていない。でも、なぜか楽しい。他には『明解 日本登山史』(布川欣一 ヤマケイ新書)は読み終えたばかりだが、剱岳に平安時代に既に登頂していた者がいるということが記されている。あの険しい山頂に錫杖があったというのは小説や映画の中の話だと思っていたが、そうではないようだ。

 

老人問題にも一応目を通してみる。読んだのは『ルポ 老人地獄』(朝日新聞経済部 文藝春秋)。老後破産、貧困老人などなど、老人予備軍として、これではお先真っ暗だ。14日の読売新聞広告の「磐根(いわね)新聞」で、田沼意次が死去、というのを第一面にしたパロディは面白かった。ともすれば暗くなりがちな世相をこういう風に笑い飛ばしてもらいたいものだ。なお、朝日新聞の名物記者杉村楚人冠は「赤穂浪士の討ち入り」を速報の新聞記事にしたパロディをものしていて、これは傑出した作品である。桂米朝さんが掘り起こした「地獄八景亡者戯」を聴くと、江戸時代の人も閻魔様が待つ死ですらパロディ化して笑い飛ばしていたことが分かる。現実は直視せざるを得ないが、かといってあまり暗く考える悪循環は避けたいと思う。

 

老人と言っても、医療界を代表しては今も現役の病院理事長の日野原重明氏は104歳、スズキ自動車の会長の鈴木修氏は85歳、セブン&アイHDの鈴木敏文会長は83歳で、それぞれ第一線で活躍し、重責を担っておられる。凄い!でも、そんな立場に就いたこともないし、自分にはとうていできそうもないのでさして羨ましいとは思わない。ゴルフ場でも、ドライバーをガンガンに飛ばし、バックティーから70台のスコアであがってくる70歳代の“強者老人”も多い。こちらは、羨ましい。それにしても、彼らを老人と言っていいかどうか、少々疑問な気もする。この年代だと既に鬼籍に入った人も少なくないはずだが、何がそれを分けるのかは知らない。個人の運命としか言いようがないだろう。

 

2016年、医療界は、医師も病院も淘汰の時代に入る。私はと言えば、怠慢がたたり、難聴が追い打ちをかけ、かつて主戦場としていた救急外来でも手術室でも何の役にも立たないおちぶれた身になってしまった。でも、今少し、「苦い経験」からの教訓を生かし、「新しい秩序」の構築にちょっぴり関われたら、と願う年頭であった。

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