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2015年12月 2日 (水)

火山噴火 その7 地球の履歴書

ここのところ宇宙だの火山だのをあまり取り上げていないので、「そろそろ飽きたのでは」と思われているかも知れない。それはさにあらずで、相変わらず、分かりもしないものをせっせと読んでいる。この道ひと筋という専門家が分からないものを私がわかるはずがないので、臆する気は全くない。宇宙など、何物か正体が全く掴めないダークマターとダークエネルギーが大半を占めているというのだから、どんなに高名な学者が高邁な論を展開しても、所詮針の穴から空を見て論じているぐらいのものだろう。

 

火山は宇宙よりは分かりやすいと思うのだが、それでも分かっていないことが多い。最近読んだのは『地球の履歴書』(大河内直彦 新潮選書)で、これまた大変面白かった。専門領域について学者は知っていることが多いので、その分、探求に苦しみこそすれ、知らないことを知るという楽しみは少ないかも知れない。素人は知らないことだらけなので、何を読んでも楽しめる。もっとも、研究者も好きだからやれるのだろう。この書は、見出しをちょっと拾ってみても、「海底に潜む巨大火山」「地球を揺るがす大惨事」「生き物が集うホットスポット」「塩の惑星」「有馬温泉の不思議」などなど、読む前から好奇心を刺激する言葉が並んでいる。
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人類にとって千年先のことはというと、とんでもない未来のことで、想像もつかない。だが、誕生して457千万年という地球の履歴書を見ると、千年というのはほんの一瞬である。その今の地球に我々は棲息している。長短がありこそすれ、一人に与えられた期間はせいぜい100年だ。人類の歴史ですら、地球の履歴書に書いてもらえるかどうか怪しいぐらいの話に思える。生まれたての地球は熱くドロドロに溶けていて全く生物が住めるような環境ではなかったらしい。隕石もパカパカ降っていた。それがどういう履歴でこうなったか、それを網羅的にではなく、今につながる色々なエピソードを折り込んで地球を語ったのがこの書である。

 

火山について、著者はギヨーと呼ばれる頂上が平坦で海の底から高くそびえたつ海底火山が西太平洋にたくさんあることを紹介している。世界でも、あるいは日本において今現在、海底火山の先っちょの西之島新島が噴火しているが、大古には海底火山がさぞ派手な噴火をしていたのだろう。大きい海底火山はその重力で海水を引き寄せわずかに海面を上昇させ、それを飛行機あるいは宇宙からとらえる技術も開発されているらしい。もっとも、大きい海底火山がありますよ、と言われたところで、そうなんですか、としか言いようがない。暴れないことを祈るだけだ。著者によれば、松本唯一氏は1940年代に、鹿児島の南方の海底に巨大な喜界カルデラがあると予測しており、今ではそれが7300年前に巨大噴火を起こしたことが知られている。また、桜島の北の鹿児島湾奥に位置する姶良カルデラの存在も指摘していて、こちらは29千年前に巨大噴火を起こしたらしい。

 

有馬温泉は、火山のそばにあるわけではないのに、泉温が90℃を越えているという。なぜそれが不思議なのか素人にはすぐにはピンとこないけれども、これだけの高温にするには相当な熱源が必要で、火山のマグマでないとすれば、その熱源がどこにあるのか、という疑問につながる。さまざまな元素の分析から、その謎の鍵は地下深くにあるウランの核分裂だという。著者はそこまで断言はしていないものの、これはどう読んでも、地下に天然の原子炉があるということになる。地球の中心から膨大なニュートリノが飛んでくるのもそのせいだろう。有馬温泉の泉水は、何らかの理由で地中に長期間留まっていたか、あるいは長い地底旅行の末に湧き出してきたことが示唆されるそうだ。

 

これではこの地球に住む我々は枕を高くして眠れない。だが、現実として、人類は何万年も棲息し技術の進化も得てきた。これも地球のおかげである。水はもちろんだが、生あるために必須の塩も、地球の不思議なメカニズムがもたらしてくれる。あまり悲観的になっても意味はない。地球が我々を飼ってくれているわけではなく、都合のいいところを活用して住ませてもらっているに過ぎない。どうせそうなら仲よく住みたいものだが、なかなかそうならないのは人間の悲しい性なのかも知れない。

 

こういった書や火山に関する書を読んで感じることは、地球は気が遠くなるほどの長い時間をかけて変化している、ということだ。それに、仮に地球自体に変化がなくても、50億年後には赤色矮星と化した太陽によって少なくとも今ある生物が存在不可能となる時期がやってくる。そんなことを知って何が面白いのかと言われそうだが、やはり面白い。面白いことは語りたくなるものだが、火山はシリーズとしてはこれでひと区切りとして、また機会を見て折々に触れていきたい。

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