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2015年11月 8日 (日)

祝 大原綜合病院来年度研修医フルマッチ!

このように題しても、わかる人はわかるし、わからない人はやはり何のことかわからないだろう。今回、臨床研修制度とマッチングというシステムについて書いてみる。なお、厳密を期すためには、法令や省令を引用する必要があるが、ここではできるだけかみくだいて書く。

 

一般の人には臨床研修のシステム自体は関係ないし、関心もないかも知れない。しかし、医師の育成、という意味では、大いに関係がある。むしろ非常に深刻な事柄だと言っていいだろう。医療界が、医学部を卒業したばかりの新米をどう育成するか。これをきちんとやってくれないと社会は大迷惑を蒙る、と表現すればその意義がわかると思う。

 

新卒がすぐにまともな診療ができるはずはないので、昭和21年には、医師国家試験の受験資格として1年以上の診療経験が求められていた。これがいわゆるインターンである。広く研鑽できたのはいい面だったが、この間は学生でもないし医師でもなく、基本的に無給である。これが大問題となり、昭和40年代初頭の学生紛争の端緒となった。昭和43年には卒業後にすぐに医師国家試験が受験できるように制度が変わったのだが、合格して身分は医師となっても、中身は一緒である。だから、2年間の臨床研修、いわば幅広く診療の見習いを受けるよう“努めるものとされた。しかしこれは、強制を伴うものではなく、事実上、あまり“努められなかった”。例えば、脳神経外科を専攻しようと思えば、最初から脳神経外科、定型的には、出身大学もしくは他の大学の脳神経外科の医局に入り、事実上、脳神経外科領域ばかり関わるというのが一般的であった。しかしそれではやはり他の診療科のことをあまり知らない狭い範囲の専門医ばかりになる、ということで、「大学に附属する病院又は厚生労働大臣の指定する病院において、臨床研修を受けなければならない」と、義務規定になった。これが平成16年度から始まった新臨床研修制度で、複数の診療科の研修を受けなければならない仕組みになっている。これを修了しなくても診療はできるが、病院長や、開業というか、クリニックの開設者になることができない。

 

医局という言葉はよく見聞すると思うが、一般の人にはよく分からない言葉に違いない。これは、教授を頂点としたいわば徒弟制度の組で、大学病院には診療科の数ほどその組がある。医局という組織に法的な裏付けはないのだが、実態はあって、少し規模の大きい病院はたいていどこかの大学の関連病院になっていて各医局に医師人事が左右されてきたと言っても過言ではないだろう。私もかつてこの医局員であった。医局費を長年滞納しているのでもう除籍になっているかも知れない。医局にはいい面も悪い面もあって、語れば長くなるので、これについては稿を改める。

 

マッチングは2年間の初期臨床研修をどの病院で受けるか、という、卒業を控えた医学部6年生と病院とのお見合いのようなものだ。医師臨床研修マッチング協議会というところが間を取り持ち、それぞれにIDとパスワードを届け、学生の希望と病院の採用希望とをコンピューターで取り結ぶ。学生さんが第一志望で登録して、病院側の登録とマッチすれば晴れて内定となるわけだが、双方が順位づけをするので、ふたを開けるまで分からない。学生側は人気病院を第一志望にしていても、枠に入れず、第二志望の病院でマッチするということもある。病院側は見学にきて好印象だった学生さんを是非に採りたいと枠内で登録しても、あえなくフラれてしまうこともある。

学生の志望者がいなければ、あるいは定員に対して少なければ、定員割れというか、マッチ割れになってしまう。だから病院側はHPや医学雑誌、各地で開催される説明会で一生懸命広報をしていくわけだ。学生さんも真剣に聞きにくる。本番の1ヶ月ぐらい前に、テスト的に登録し、それを中間公表で報せるというシステムがあって、傾向は大体わかるようになっている。なお、どこにもマッチしなかった、定員の空枠ができた、という時のために、個別に再マッチングをする二次募集というか、スクランブル方式がセーフティーネットとしておかれている。

 

大原綜合病院の場合は定員が8名で、晴れてフルマッチとなったわけだ。教育の重責を負うが、努力することで、2年後に予定される新病院開設への大きな弾みとなるはずだ。なお、マッチングの結果はマッチング協議会のHPで誰でもが見ることができる。

http://www.jrmp.jp/index.html#

 

これを見ると、例えば、弘前大学病院は46名枠でマッチ者は5名と、今年は惨憺たる結果だった。理由は私には分からない。なお、一般の市中病院と大学病院とでは、特定のいくつかの大学病院を除けば、ほぼ勝負がついたと言っていい。新制度発足以前は大学病院が8割ぐらいで圧倒的に多かったが、今は半数以上が市中病院での初期臨床研修を希望している。大学にとっては痛手で、これによって大学病院の人材プールが減少して派遣できなくなったということも起こっている。

 

弘前大学と同じ青森県でも、むつ総合病院は8名枠で8名フルマッチと大健闘だ。この病院は下北半島にあり、学生を惹きつけるのは容易ではないと思うのだが、当初から非常によく頑張っている。病院をあげて、あるいは誰かがリーダーシップを取って、よき臨床教育をするよう努力しているに違いない。研修医が集まらないことを、地理的に不利だからと言い訳をする病院は、むつ総合病院を見習うべきだろう。なお、枠の人数は病床数や指導医の数などで、あらかじめ定められている。大学病院の枠は非常に多い。

 

なぜ研修医が必要なのか、ということだが、まず、若い人が加わることで組織の活性化が図れるということ、教育をするということはそれだけの労が求められるわけでその労が病院の質向上につながるということ、マッチ人数が多いと同学年の研修医の横の連帯が築け相互に高めあい相互に助けあう雰囲気が醸し出せるということ、次年度の研修医に彼らが教育を継承していけるということ、などがあげられる。もちろん、労を厭わない下働きの貴重な戦力になるということもある。よき研修医には2年後もそのまま残ってもらって若手の貴重な人材として働いてもらえるチャンスが病院に出てくる、という点も重要だ。一般社会からすれば何をいまさらと不思議に思えるだろうが、新臨床研修制度によって、人事を大学医局の派遣に全面的に依拠しない主体的な人材構築ができる可能性が出てきたということの意義は非常に大きい。大学派遣であっても、よき中堅医師は、研修医が多いところに喜んで赴任してくれる傾向があり、人事の良循環が作れるということもある。私は新制度について巷間よく言われる大学病院vs市中病院という対立の構図だとは全く思っていない。初期臨床研修はあくまで2年であり、5年とか10年のスパンで、双方が得意なところを提供しあってよき医師を育成していけばいいのである。

 

いつもは若干の経験と書を通じての事柄で書いているが、新臨床研修制度は、かつて自らが研修管理委員長としてどっぷり漬かり、この制度、そして研修医諸君と長く苦楽をともにしてきただけに、思い入れが深い。その分、書いていけばきりがないので、改めて大原綜合病院のフルマッチを喜び、今回の稿を終えることにしたい。

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