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2015年11月24日 (火)

訃報を読む

阿藤快さん、北の湖さんと、急死の訃報が続いた。私も阿藤さんが出演していたテレビの旅番組を見たことがある。ひょうきんなような、こわもてなような、よく分からなかったが、実際は優しい人だったらしい。北の湖さんはほぼ同世代。だから、現役時代の “ふてぶてしいほどの強さ”はよく知っている。責任感の強い人だったと聞く。それぞれの立場で活躍しておられただけに心残りのことも多くあっただろう。御冥福をお祈りしたい。

 

お二人の急死について、一体何が起こったのかと多くの人が驚いたに違いない。私も当初はそうだった。そこで本稿では、元救急医がお二人の急死の病経過をどうみたかについてメディアからの情報をもとに書いてみたい。

 

阿藤快さんの場合は、症状や経過から、既に報道されている解離性胸部大動脈瘤破裂でほぼ間違いない。この疾患は、非常に急激な転帰を取る。典型例から見れば少し猶予があった気がするが、解離、仮性動脈瘤形成、破裂による胸腔内大出血で即死、という経過だったと思う。数日前から背中が痛かったとのことで、おそらくこの時から大動脈の解離が進んでいたのだろう。相当な激痛だったはずで、我慢強い人だったと思われる。私の知見範囲ではこの病気に罹患するのはヘビースモーカーであることがほとんどだ。正確な統計は知らないが、肺がんより因果関係が強いのではないだろうか。先天性の疾患や外傷が原因になることもある。

 

救急医の間では、このような、ちょっと前まで話ができていた人があっという間に亡くなるというのを“地雷疾患”と呼んで非常に警戒している。病院で亡くなれば医療過誤と思われてしまう。背部痛の時点で造影剤を使ってCTを撮ればおそらく診断でき、緊急治療ができたかも知れない。でも、これはあくまで後出しジャンケン的な話だ。救急車で搬送された中高年の強い背部痛はまず大動脈解離を疑うが、歩けるぐらいの背部痛にはさまざまな原因があり、いきなり造影CTを行うわけではない。最近は高性能のCTがあるので造影剤を使わなくても分かる場合も多いようだが、一般的には造影剤を使わないと血管の様子が分かりにくい。

 

胸部大動脈は常に高い血圧を受け、心臓から駆出されたばかりの動脈血の通り道になるため、内膜、中膜、外膜と三層の繊維質の強靭な構造になっていて、少々のことでは破れたりはしない。だからこそ80年や90年ももつ。血液と接する内膜は柔軟かつ強靭、滑らかになっているのだが、動脈硬化が進むと壁がゴツゴツになって硬くなる。ふとしたことで内膜に傷がつくと、そこから血液が流出して、高い圧の血流によって外膜との間に血液が溜まったり、膜がはがされる、つまり解離が起こる。仮性動脈瘤という外膜でかろうじて包まれている血管のこぶができるが、できる間もなくそのまま破裂してしまう場合も多い。そうなれば胸腔や腹腔に大出血になるのでまず助からない。傍目には突然死だ。
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解離がどんどん進んで心臓までいけば心タンポナーデという心嚢という心臓を包む膜に自らの血液が溜まって心臓が収縮できない状態になり、救命例は症例報告になるぐらいで、こうなるとまず命はない。解離が重要臓器に行く血管を閉塞してしまうこともある。ひとくちに胸部大動脈瘤破裂と言っても病態がさまざまだ。内膜から膨らむ真性もある。これも大きくなって破裂すればアウトだ。

 

穴が小さく出血量がさほど多くなかったり、解離が小範囲に止まっている、仮性動脈瘤が破裂していない、という場合は緊急手術で救命のチャンスはある。最近ではステント留置で血管内から圧迫して解離を止めるという手法も用いられる。なお、幸運な場合は解離がとまってそのまま固まってしまう、あるいは内膜のどこかに出口ができてそこからまた大動脈に血液が流れるということもある。これを偽腔形成といい、対応が悩ましい。腹部の場合は降圧療法で保存的に診ていくことが多い。

 

北の湖さんの場合は、水腎症、直腸がん、貧血、多臓器不全というのがキーワードになっている。死亡診断書には順に病名を書く欄があり、例えば、大腸がん、転移性肺腫瘍、呼吸不全というような書き方をする。呼吸不全が直接の死因であっても、この場合の統計のもととなる死因は大腸がんである。因果関係の判断が難しく、書き方に困る場合もある。概してメディアは直接死因で報道しているようだ。

 

北の湖さんには、手術後に骨盤内に相当に発育した癌の浸潤があり、尿管を圧迫して水腎症となり、動脈をも巻き込んで最終的にはそれが破裂したのではないかと思う。そうでなければいくらなんでも経過が早すぎる。大出血で血圧上昇が得られず、急速に全身の臓器の機能不全をきたして死に至ったのを多臓器不全と記したのではないかと推測する。がんがあるだけで直接に死に至るわけではなく、多くはこのような経過で命を取られるわけである。

 

それにしても、死に至る経過はわかったとしても、大きく見て、北の湖さんが亡くなって、彼より少し年長の私がまだ生きている、ということを合理的に説明することは難しい。永遠に解が得られないテーマだと思う。凡俗としては、まずはそこそこ活動ができる生あることに感謝するのみである。訃報に接する度に、医学的経緯を類推する一方、そのことをしみじみと感じる。

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