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2015年10月12日 (月)

橋づくりの技術

日本海に面する玄界灘、響灘と、瀬戸内海の周防灘とを結ぶ海峡が関門海峡だ。地理的には九州と本州を隔てる。ここはいにしえの源平合戦の舞台となったところで、海上交通の要衝でもある。非常に狭い海峡なので潮の流れが速く、昔も今も、行き交う船は難所として泣かされてきたことだろう。

 

この関門海峡、すなわち門司と下関の間、に架かっている橋が関門大橋で、その雄大さにはいつも見とれてしまう。時間的余裕がある時はどちらかのパーキングエリアに車を停めてしばし眺める。

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          関門大橋 門司側のパーキングエリアから撮影

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          関門大橋 下関「火の山」から撮影

恩恵に預かり、よくぞこんなところにこんな橋を造ったものだと、その凄さに感銘しつつも、今まで橋についてあまり考えたことはなかった。三陸沿岸で、完成した、あるいは工事中の多くの陸橋が心に残っていたこともあって、本屋で目に止まった『長大橋の科学 ~夢の実現に進化してきた橋づくりの技術と歴史をひもとく~』(塩井幸武 サイエンス・アイ新書)を読んでみた。専門用語が多く出てきて理解しづらく、また、あまりにも多くの色々な橋を写真つきで紹介しているので、その分、わかりやすい説明をする余地がなく、素人にはいささか読みにくい。それでも、アーチ橋、桁橋、吊り橋などなど、橋造りの技術に感嘆させられることしきりであった。

 

この書によると、ローマ法王の正式な名称はPontifex Maximusで、これは「橋づくり集団の最高指導者」を意味する。橋は建設に膨大な労を要するので、宗教的な求心力が必要だったという。日本の橋もそもそも僧侶が造ったらしい。もちろん、関門大橋を僧侶が造れるはずはなく、それは古代の話。考えてみれば、東京は日本橋、大阪は淀屋橋と、二大都市の代表的な地名には橋がついている。電気がなくても生きていくことはできるかも知れないが、水がなければ生きられない。その水は川がもたらしてくれるわけで、川がある限り橋は必要不可欠のものとなる。

 

それにしても、地震だってあるだろうに、大きな橋で崩壊などの事故がよく起こらないものだと感心する。しかしそれは、起こらないのではなく、起こりやすいから起こらないようにする非常な努力があってこそだということもこの書で知った。現在の関門大橋がそうであるように、メンテナンス工事も度々施行されている。事故がないわけではなく、1994年に韓国ソウルの漢江に架かる聖水橋で中央部分の崩落事故があり、32人が亡くなっている。韓国ではしばしば橋の事故が起こっているが、日本でも、幸いに死傷者はなかったものの、2003年に新潟の朱鷺メッセの連絡橋が崩落するという事故が起こっている。阪神・淡路大震災でも高速道路などの高架橋が甚大な損傷を蒙った。

 

「箱根七里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」とはよく聞く言葉だ。普段意識しないだけのことで、もし橋がなかったら我々の生活がいかに困るかは想像に難くない。大井川と言わずとも、近所に流れている小さい川でも、もし橋がなかったら大迂回をせねばならない。そのぐらい橋は我々の生活に密接しているが、架橋の苦労とその技術はあまり知られていない。秋の夜長、『長大橋の科学』をひもとくのはお薦めだ。

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