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2015年10月18日 (日)

ニュートリノ

「俺達がこんなに注目されるなんて」とニュートリノもさぞびっくりしていることだろう。東大教授の梶田隆章さんがニュートリノの研究でノーベル賞を受賞した。めでたいことで、その努力と業績を率直に讃えたいと思う。

 

ニュートリノに質量があると言っても、袋にぎっしり詰めてみたら重たかった、という話ではもちろんない。その意義を一般人が理解するというのは少々どころではなく難しい。私もサッパリわからない。けれども、この手の話は“横好き”というか、目につく一般向けの書は結構読んでいるので、さてどこかにおいたはずと書棚を捜してみたら、やはりあった。2013年発刊の『ニュートリノでわかる宇宙・素粒子の謎』(鈴木厚人 集英社新書)。
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この本の著者の、今は岩手県立大学長の鈴木厚人さんもノーベル賞を受賞した小柴昌俊さんの研究グループにいて、ニュートリノを研究した人だ。梶田さんより一世代上ではあるが、スーパーカミオカンデに次の研究を譲ったカミオカンデをカムランドとして進化させ、太陽からの反電子ニュートリノや地球内部からのニュートリノの研究で世界的な業績がある。

 

ニュートリノに関して理解できていないままに下手に書くと大恥をかきそうで、それは慎むが、少しは書いておかないと話ができない。それでさわりだけのべておく。次の図は広く知られている原子の図だ。絵にはなるけれども厳密性には欠ける。原子核ははるかに小さく、電子ははるかに広いところにいる。
Gensi
物質を構成する原子はいわばスカスカで、原子を東京ドームとすれば、その主たる質量を担う陽子と中性子からなる原子核は、ドームの真ん中においた野球ボールぐらいの大きさしかない。そのドームの広さを電子が回っている。回っているというのはイメージし易いが、それは必ずしも正確ではない。そもそも電子はそれ以上分けることができない素粒子(現時点では)なので、不確定性原理によって位置の特定ができない奇妙な性質を持つ。もやもやっとした中のどこかにいる、というぐらいに考えておいた方がよい。それではニュートリノはその原子の構成要素なのか、ということになると、実はそうではない。あくまで核反応の際のエネルギーから作られると言われている。この時に一緒に出てくるβ線たる電子も中からではなく、エネルギーによって新生されるらしい。アインシュタインの理論によれば、質量とエネルギーは相互に変換できるので、そういうことがあっても不思議ではない。いや、素人には不思議ではあるが。

 

陽子や中性子の数、電子の数などでさまざまに異なる原子ができ、その原子が集まって、あるいは色々に組み合わさって分子ができ、それらがさらに組み合わさって物質ができるわけだが、超ミクロで見ればやはりスカスカで、電気的性質を持たず質量も微々たるニュートリノはやすやすと通り抜けていくことができる。

 

そんなものがなぜあるのか、なんのためにあるのか、というのが一般人の抱く率直な疑問だろうと思う。ところが原子物理学者はその逆で、放射性物質がβ線を出す過程で、エネルギーを持ち逃げするようななにかがないと、理論の辻褄が合わない、というところがニュートリノの研究の出発点になっている。ひらたく言えば、見えもしないし掴まえることもできない何か“お化け”のようなものがある、ということでニュートリノの存在が予測されていたわけである。

 

その存在を証明したのがフレデリック・ライネスで、その業績によって1995年にノーベル賞を受けている。彼がニュートリノの存在を実証する実験に取り組んでいたのは1950年代なので、それから40年も経ち、亡くなる3年前の受賞というのは遅いと言えば遅かったのかも知れない。かのアインシュタインも、特殊相対性理論、一般相対性理論というノーベル賞をいくつ受けても足りないぐらいのもの凄い理論を打ちたてたわけだが、不思議なことに、ノーベル賞はそれらではなく、光電効果の論文によってである。原子核を見つけたラザフォードも、物理学の研究としてノーベル賞を受けたわけではない。多くのノーベル賞受賞者を出した日本人のお家芸のような原子物理は、理論から原子モデルを提唱した長岡半太郎にそのルーツがある。ノーベル賞が非常な栄誉であることは確かだが、だからと言って、行き過ぎた崇拝主義、至上主義は個人的にはあまり好ましくないと思っている。所詮人間が選ぶわけだから、ノーベル賞というのは結構運不運に左右される。

 

ニュートリノの質量は電子の1000万分の1で、精巧な痕跡捕捉装置で稀に微かにとらえられる程度で、普通には何の反応もしないため、何かことを起こすということはない。けれども、宇宙も地球もニュートリノだらけで、我々の体に含まれるごくごくわずかの放射性物質からもニュートリノが出ているし、外からのを合わせれば毎秒兆単位のニュートリノが体を通りぬけていると言われている。それが3種類もあるというからさらにややこしい。廃坑を活用したカミオカンデなどは、そのニュートリノの痕跡を捉える日本発の仕掛けだ。

 

いかにアインシュタインといえども、まさか自らの理論がカーナビなるものに役だつとは想像だにしなかったはずだ。研究というのはそういうものだと思う。太陽内部の核融合反応でできた光は太陽表面に出てくるまで100万年を要するが、ニュートリノなら2秒だ。光とも、電子や陽子とも大きく異なる性質をもつニュートリノはその発生源のメッセンジャーでもある。その研究はいつの日か、宇宙の解明に大きな進歩を与えてくれるような気がしている。梶田さんのノーベル賞はそのための大きな弾みと言ってよいだろう。

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