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2015年10月28日 (水)

石垣に遊ぶ

初めて石垣島を訪れた。かつて沖縄に6年半も住んでいながら、行ったことがない。もったいないというか、沖縄本島での仕事にそれだけ一生懸命だったのか、多分にそのどちらでもある。

 

羽田からの直行便で石垣に到着。着いた日の夜は親友の歓待を受け、旧懐談に花を咲かせながら石垣牛を堪能する。翌朝、彼に案内され、高速艇で、竹富島、小浜島を右に、黒島を左に見ながら西表島へ。そこまではよかったのだが、「イリオモテジマはどこにあるの?」と尋ねて大恥をかく。「ここがそうですよ」、「エッ、ニシオモテジマがあって、その近くにイリオモテジマがあるのじゃないの?」と私。「いやいや、西はイリと読んでイリオモテジマなんです」と聞いて「そうだったのか」と、わがボケぶりに赤面であった。

 

イリオモテジマの由布島ではまさに絵ハガキそのままの風景を見ることができた。今度は注意して、これは「ユブジマ」と読むと確認。牛車に揺られながら遠浅というか干潟を渡って由布島へ。ここにはかつて小学校もあったそうだが、高潮の被害を受けてほとんどの住民が去り廃校になったらしい。周囲2.15㎞、海抜1.5mの小島でも、掘れば真水が出るというのは何とも不思議だ。
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遊覧船でマングローブの森を見学。河口に独特の根をはった植物、主としてヒルギ、が密生している。台風の影響か、ところどころ根が起き上がってひっくり返っている。サギやカワセミを見ながらゆったりとマングローブ浴。自然林が多く残されており、そのどこかにイリオモテヤマネコがいるはずだ。魚を取る様子も映像に残されているものの、数が少なく夜行性ということもあって、姿を見ることはできない。

 

島巡りのツアーはいくつかコースがあるが、今回は石垣本島も見たかったので昼過ぎに石垣に帰島。友人お薦めの八重山そばを食べにいく。石垣の市街地からかなり離れた北の方にある明石食堂は大人気の有名店のようで、客が並んでいて40分ぐらい待つ。ソーキも柔らかく煮込んであり、独特のスープで大変おいしかった。

 

その後に石垣島の風景を眺めながら、津波石を見学する。あまり知られていないが、1771年に石垣を襲った明和大津波は日本の歴史上最大の津波と言われている。宮良湾から名蔵湾まで峠を越えて遡上しているそうだ。この、波高85mとも30mとも言われるとんでもない規模の大津波が珊瑚礁をひっくり返して大きな塊を多く打ち上げた。今の静かな宮良湾からは想像もつかない。
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この時に石垣だけで人口17349人中8439人が犠牲になったという。1609年の薩摩の琉球侵攻を機に課せられるようになったこの人頭税は随分苛酷なもので、取はぐれのないようにかなり正確な人数が把握されており、古文書から判明したようだ。なお、この大津波については石垣市職員だった牧野清氏の詳細な研究書があり、著者の誠実な人柄がわかる貴重な労作である。
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“石垣に遊ぶ”と題したが、必ずしも遊びに行ったというわけではなく、石垣市の医師会で「災害医療」についての講話をする大変光栄な機会を友人が提供してくれて、それが主目的であった。本ブログでも触れているが、災害にはかねてより強い関心があり、国内外での訓練を経験していたこともあって、集めていた資料を整理して動画も交えて思うままを語らせて頂いた。翌々日の地方新聞の記事になっていたのには恐懼汗顔ではあったが。
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石垣島には強制避難による戦争マラリアで2496人もの住民が亡くなるという悲惨な歴史もある。今回、改めて学び直す機会を得、現地を直に見ることができたことは私にとって意義深いものがあった。福島から東京、石垣島、沖縄本島と7泊の行程でちょっと疲れはしたが、多くの人に会うことができ、充実感を覚えた旅であった。

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