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2015年9月 3日 (木)

イケメン病

昔と比べて病気の種類がそんなに増えたわけでもないだろうが、医学の進歩や色々な学説に伴って、新しい病名、症候群などが次から次へと出てくる。「筋委縮性(脊髄)側索硬化症」はALSAmyotrophic Lateral Sclerosisで、これについては今でこそ広く知られるようになったが、こういった略称も多くあるので、ついていくのが大変だ。なお、業界内部では、英語を略した隠語でALSを “アミトロ”と言っていた。業界用語は便利だけれども、今はあまり使わない傾向にある。いいことだと思う。

 

それで、つい最近、“イケメン病”というのがあるのを知った。それだと自分が罹患する心配はなさそうだが、「はて、それは何だ」と、さすがに首をひねる。調べてみて、何のことはない、というと、この病気で悩まされたかたに叱られるかも知れないが、自然気胸のことを言っているのだと知った。イケメンかどうかは関係ないと思うが、確かにスラッとした体型の青年に多い疾患ではある。

 

胸には、肋骨などで構成される胸郭の内側に張り付いている膜、これを壁側胸膜といい、これと、肺を包むようにその表面に密着している臓側胸膜という膜がある。肺が容易に膨らんだり縮んだりできるよう、2枚の膜の間、これを胸腔と呼ぶが、そこには少し液体があり、相互の摩擦が非常に小さくなっている。これに限らないが、生体というのは実にうまくできている。ちなみに、心疾患や悪性疾患、炎症などでこの胸腔に液体が多量に貯留することがあり、それが胸水で、血液の場合は血胸という。

 

肺の一部に穴があいて、そこから肺の中の空気が漏れ出して、胸腔に空気がどんどん溜まってしまう疾患が気胸である。外傷などではなく、自然に発症してしまうのが自然気胸で、典型的には突然の胸痛に引き続いて息が苦しくなる。このブログのバナーのお隣に画像診断センター長の医療ブログがあるが、こういった専門家の力を借りなくても、気胸に関しては多くの場合、症状と胸部単純写真で診断できる。肺のしぼみ具合を虚脱といい、虚脱が小さくて分かりにくい場合でも、CTを撮ればまず確実に診断できる。

 

レントゲン写真はその典型例で、向って右側、患者にとっては左胸になるが、胸腔に空気が溜まって肺が潰れて小さくなっている。さらに溜まると、心臓などを圧迫して緊張性気胸という状態になり、そうなると命が危ない。
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命が危ないという意味では、稀だが、両側同時に自然気胸が起こることがある。私も2例診療した。こういう時に下手に動けばはた目には突然死になるだろう。低酸素で患者も蒼くなるが、医師にとってもこういうのを見ると蒼くなる。
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治療は、小さい針を刺して空気を抜くことで改善する場合もあり、そのまま自然に治癒することもある。多くは入院の上で胸腔ドレーンという細い管を胸に留置して、管につけた一方弁で自然排気とするか、持続吸引という方法で空気を持続的に吸引・排出する。肺が膨らめば数日内に空いた穴が閉じることが多い。自然気胸は救急領域では結構多いので、私もよくその治療に携わった。一気に排気すると再膨張性肺水腫という現象が起こるので、様子を見ながら少しずつ排気する。原因は肺の表面にあるブラと呼ばれる破れやすい小さな空気だまりの膨らみのことが多く、肺がなかなかうまく膨らまない時や、再発を繰り返したりする場合は、手術でそれらを縫縮するということも行われる。

 

自然気胸は女性にも起こるし、高齢者でも発症することがある。治療は比較的簡単だが、緊張性気胸という状態になれば短時間で命が危なくなるので、非常に重要な疾患である。

 

もうあの戦闘モードには戻れないが、“イケメン病”に、ふと、かつて働いていた救急外来の空気を思い起こす。辛いこともあり、大変だったけれども、やりがいのある業務だった。自然気胸は救急の代表的疾患だが、通常は診断も治療もさほど難しいものではない。まずは最初の対処ができるよう、若い医師は通過点として是非に救急医療を経験して欲しいと願っている。

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