« 火山噴火その6 蔵王の御釜 | トップページ | 「竜宮城と七夕さま」 »

2015年9月26日 (土)

復興への槌音

9月中旬に、宮城、岩手の東日本大震災の津波の被災地を車で走ってみた。この地では、胸が詰まるような多くの悲劇が起こっているが、今さらに私がそれを語るのは適当ではないだろう。それでも、南三陸町の旧防災対策庁舎の前に佇んだ時、万感迫り、思わず手を合わせずにはおれなかった。
Photo
壁が全て破壊され、かろうじて残った鉄骨、ねじ曲がった階段。この庁舎の屋上2mの高さまで津波が押し寄せたという。爪痕という生やさしいものではない。まさに破壊で、その凄まじさは想像を絶する。

 

吉村昭氏の『三陸海岸大津波』(文春文庫)にも描かれている田老地区も訪れてみた。津波はかの堅牢な防潮堤を破壊し、あるいはやすやすと乗り越えている。港から少し離れている浄水場でも、3.5mぐらいの高さだろうか、ここまで海水がきたという印が書かれていた。やはり想像がつかない。
Photo_2
被災地では、全国から全てこの地に集結しているのではないかというぐらい多くのダンプカー、重機を見た。写真は陸前高田市の沿岸部の様子で、つい先日に役割を終えたという盛り土のための巨大なベルトコンベアーがあった。ここも工事一色だ。ということは、この場所にあったものは全て破壊されてしまったのだろう。丁度中央に見えるのがいわゆる“奇跡の一本松”で、被災当時の姿に復元されて残されている。
Photo_3
迂闊なことにあまり詳しいことを知らなかったのだが、三陸沿岸道路の工事も巨大だ。被災地の山側に縦の導線を造り、被災しやすい集落と横の導線でつなぎ、難のあったアクセスを改善し、万一の際の補給路、避難場所にしようというものだ。一部の開通区間を私も走ったが、そもそもリアス式で複雑になっている地形の、山あり谷ありのところにできるだけ直線になる道路を造るわけだから、トンネルや高架橋が多く必要となる。相当に困難で巨額を費やす。誰の発想で誰が推進したのかは知らないし、賛否はあっただろうけど、私は非常に価値ある事業だと感じた。大きな災害ではいつも感じることだが、被災地へのアクセスの確保というのは、救援にせよ復興にせよ、必須条件である。これぞ国家プロジェクトと言うべきものが、今まさに進行している。

http://www.thr.mlit.go.jp/Sendai/douro/sanriku/index.html
Mapall1
人命も、被災も、取り返しはつかない。しかし、教訓を生かし、より暮らしやすく、より安全な地にすることは不可能なことではない。この地に早く春が来ることを願うばかりである。防潮堤の修復と増強工事、被災地の盛り土、家屋の再建や高台への移転、道路工事など、復興への確かな槌音を肌で感じた旅であった。

« 火山噴火その6 蔵王の御釜 | トップページ | 「竜宮城と七夕さま」 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事