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2015年2月 7日 (土)

現存する算額の数は福島県がトップ

算額というのは、神社仏閣に奉納された数学の絵馬のことである。『算法勝負!「江戸の数学」に挑戦』(山根誠司 講談社ブルーバックス)によれば、「問題が解けたり、数学の腕が上がったことを神仏に感謝する」「数学の研究発表の場として活用する」「自分の流派の宣伝をする」「慶事を記念して奉納する」ために、主として江戸時代に行われていたようである。

 

現存する算額の数は福島県が111面で、全国トップである。失われた算額を合わせると東京都がトップだが、それでも福島県は2位だ。福島県のものは明治以降が多いとのことだが、数学が華やかだったことを伺わせ、何となく誇らしい。

 

滝桜で有名な福島県三春町の稲荷神社にある算額は次のようになっているという。

今有狐種蒔不知其石数

只云一斗八升宛蒔而無余

又云二斗六升宛蒔而無余

問総石数得術如何

これは、「狐が種をまく。その石数はわからない。ただし、一斗八升ずつまいても、二斗六升ずつまいても、余りがなかった。総石数はいくらか」ということだと上記の書にある。パッと読んだのでは何のことかわからないが、一斗八升を何回かまく、あるいは、二斗六升を何回かまくことで、どちらも手許にある量が完全に無くなってしまう数を求める、要するに最小公倍数を算出する問題だ。

 

狐が種をまくはずないし、こんな問題が実際に役立つとは思えないので、これは完全に数学で遊んでいる。数学好きが、思い思いに面白い問題を作って解答したのを、嬉々として奉納したのであろう。同じく福島県の田村市にあるのは、ややこしいヒントを与えて参詣者の総人数を計算させる問題で、これまた実用性に乏しい遊びの世界だ。しかし、数学というのは数の面白みを探求する学問で、とりあえず実用性を気にする必要はない。結果としては、非常に有用になる。宇宙の仕組みなど、一面、数学が先行して、観測と実験が後追いしている。

 

上記の書に超難問とあったものを下に紹介しておこう。現代数学で解を得るプロセスの一部も掲げておくが、非常にややこしいというか、サッパリ分からない。こんなものを、江戸時代の数学者が嬉々として取り組んでいたというのはなんだか笑ってしまう。が、そのレベルは笑えるようなものではなく、『江戸の天才数学者』(鳴海風 新潮社)には、関孝和の弟子の建部賢弘が円周率を少数点以下41桁まで正確に算出し、かの大数学者オイラーに先駆けること15年、円周率の公式を導き出していたことが紹介されている。数学にはまった久留米の殿様の話もまことに面白い。共通の数式記号が江戸時代に導入されていたら、世界はきっと驚嘆したであろう。

PhotoPhoto_2


 江戸時代は、陰の面も多くあったが、300年の平穏はさまざまな文化を生み出している。数学もその一つで、福島にその血が濃く流れているというのは、関わっている者として嬉しい思いがする。福島の神社で算額の写真が撮れたらこのブログで紹介したいと考えている。

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