« 『なぜヘリコプターを使わないのか』 | トップページ | 天気予報 »

2015年1月21日 (水)

ペットロス症候群

つい先日、

「番頭インコが飼い主と再会 金沢の温浴施設に迷い込み4年」

北國新聞社120日(火)257分配信

という記事があった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150120-00209914-hokkoku-l17

 

なんでも、かわいがっていたセキセイインコの「ぴーちゃん」がうっかりした隙に外に飛び出し、家族総出でいくら探しても4年間行方不明だったのが、3年前から温浴施設で名物の番頭インコになっていたらしい。空白の1年はどこでどうしていたか、ともかくも間違いなく「ぴーちゃん」で、飼い主が感激の再会をしたそうだ。結局、そのままそこで飼ってもらうことになったと紹介されている。

 

たかがインコごときでそこまで大仰な、と言いたいところだが、この記事を目にした時の私の気持ちは、「それはよかった!!」。

 

ペットロス症候群というのは、「ペットと死別したり、ペットが行方不明になったり、盗難に遭ったりしたことなどを契機に発生する疾患ないし心身の症状のこと」とウィキペディアに説明されている。私などどちらかと言えば、あっさりしているというか、淡泊な方で、犬や猫などの大型動物が飼えるような環境になかったこともあって、ペットロス症候群とは無縁だと思っていた。

 

我が家で家人が飼っていたのがセキセイインコの「福ちゃん」。フルタイム勤務から引いてより、接する時間が多くなって私なりにはかわいがっていた。足音がするといかにも遊んで欲しそうに止まり木からケージ柵にやってきたし、私もケージの横を通る時はいつも声かけしていた。夕食後にケージから出してやると(放鳥と言うらしい)、決まってパジャマ姿の私の肩に飛んできて、首筋をかんだり耳たぶをつついたり、ひとしきり遊んでいた。いかにも喋っているかのように口をパクパクさせていたのも可愛らしい。インコを肩に止めて、コーヒーを飲みながらリビングでゆっくり新聞を読むというのはなんともリラックスした癒しのひとときだったように思う。

 

ちょっと元気がなさそうだ、と思ってはいたが、出してやっていつものように私の肩に飛んで来ようとして思うように飛べず途中で床に落ちてしまった時は、本人もそうだろうが、私もショックだった。慌てて、指に止めてケージに戻してやった。その「福ちゃん」が次第に衰弱して、昨年12月に死んでしまった。享年12。嫁いで近くに住んでいる長女もいまわの時に急遽戻ってきて、最後を看取り、大粒の涙を流しながら遺体を優しく撫ぜていた。どうしてできるのか、どうして彼女の時はじっとしていたのか、今でも不思議なのだが、手のひらでそっと包んでお腹をナデナデできるのは長女だけだった。

 

死んでしまった時、私は淡々としていたので「結構かわいがっていたようなのに、お父さんは意外と素っ気ない」と思ったかも知れない。でも、息絶えた姿に親しく接すると家人の前で落涙してしまいそうで、たかだか数十グラムの命に熟年男性がみっともないと意地を張ってしまった。いくら仕方ないとは思っても、内心はやはり悲しく寂しい。亡くなって1ヶ月以上経った今でもケージにいるような気がするし、ポンと飛んで来てくれるような気がしてならない。ペットロス症候群の人の気持ちの一端を思い知らされた。写真は私の肩に止まって辺りを睥睨するありし日の「福ちゃん」。
Photo


今は世をあげてペットブームだと聞く。いくら好きでも自己中心的で他者に迷惑をかけるような飼い方はいけないと思う。しかし、小さな命が大きな癒しを与えてくれるということを改めて感じた出来事であった。

« 『なぜヘリコプターを使わないのか』 | トップページ | 天気予報 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事