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2014年9月29日 (月)

心肺停止

つい先日にこのブログで火山噴火について触れたところだが、木曽の御嶽山で、まさかと言いたくなるような痛ましい火山災害が実際に起こってしまった。メディアで多くの報道がなされており、下記はそのひとつで、928日に配信されたものである。

 

長野と岐阜の県境にある御嶽山の噴火で、警察や自衛隊などは山頂付近で救助活動を進めた結果、これまでに心肺停止になっている31人の登山者らを確認したということです。警察や自衛隊は、硫黄の臭いが強いことなどから、山頂付近での救助活動を中断しています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140928/t10014940201000.html

 

災害については今後のより詳しい報道と専門家の分析を待つほかないが、ここでは、今回どの記事でもよく使われていた「心肺停止」という言葉について解説しておきたい。

 

心肺停止とは、文字通り、心臓が停止し呼吸が停止している状態のことである。「それは死亡しているということか」と問われそうだが、事実上ほぼそうであっても、これは二つの意味で死亡と同一ではない。一つは、死亡という診断は医師でなければすることができないからである。今回は医師が現場で確認したわけではない。死亡診断書もしくは死体検案書が交付されて初めて、正式というか、法律的な死亡となる。明らかに死亡であっても、その書類がなければ火葬も埋葬もすることができない。もう一つは、心肺停止であっても、心肺蘇生術などによって再び心臓が動き出し呼吸するようになる可能性があるからである。

 

こういう記事は警察発表を受けて書く場合が多いので、今回は警察や消防がこれらの意味を含んで「心肺停止」と表現したのだろう。御家族への配慮もあったかも知れない。

 

なお、死後1ヶ月経ってから発見されたような場合でもタテマエとしては医師以外の者が死亡と判断することはできない。警察がどうしているかというと、警察医(多くは医師会を通じて指定)、大学の法医学教室、東京都や大阪府では監察医務院などの医師に死体を検案してもらって、あるいは時には解剖を行って、書類を発行してもらうことになっている。心肺停止であっても、発見された時はまだ体の温もりがある、という場合は救急車で病院に搬送される場合が多いので、その時には勤務医が書類を作成することになる。場合によっては警察と一緒に検案(検死)を行う。私も随分やったものだが、救急医は生きている救急患者、あるいは蘇生の可能性のある患者の対応が主たる業務であって、死因の究明は得意な領域でもなく、御遺体についてはやはり色々なことを考えてしまうので、あまりやりたい作業ではなかった。

 

とあるメディアが、「○○氏が亡くなり、死因は心肺停止という」というような記事を書いていてあきれかえったものだが、こういうのは、断片的な情報をあまり考えもせずに活字にしたのだろう。心肺停止というのはあくまで状態の表現であって、何ら原因を意味するものではない。御嶽山での心肺停止の原因は、熱砂による窒息か、噴石による外傷か、有毒ガスによる呼吸不全か、可能性は色々あるが、詳細はまだ分からない。

 

ここで少し話をややこしくしておくと、家族の同意による移植を前提とした場合、心臓が動いていても、つまり心停止でなくても、脳死と判断されたら法に基づいて死亡と判定されるということがある。そうでなければ臓器摘出などできないからだ。逆に、心肺停止から回復する場合も間違いなくある。私自身も心停止からの完全回復の事例を経験した。ただし、心臓が止まると脳への酸素供給が途絶えるため、数分で脳に不可逆的な障害が生じると言われている。体験としてもその通りである。心停止から3分が勝負だが、有効な心臓マッサージを続けることができれば30分ぐらいはチャンスがある。一見しては心肺停止であっても、決してあきらめてはいけないと言われているのが低体温症である。とあるベテランの先輩救急医が、冬の山中で発見された人を凍死と判断して霊安室に安置したところ、検死に訪れた警察官が「息をしています!」とびっくり仰天して報告に来た、という話を苦笑交じりに語ってくれたことがある。暖房で自然に復温して蘇生したのだろう。結局何の後遺症もなく回復したとか。

 

集団災害医療を学んだ時に外国人講師が、preparedness(備え)、responsiveness(即応性)、mitigation(減災)ということをよく強調していた。今回の御嶽山の災害はどれも容易ならざることのように思えるが、火山の都合のいいところだけとって、都合の悪いところは立ち退いて下さい、というわけにはいかない。火山大国日本として、難題に立ち向かっていくほかない。医療でできることは限られており、現場での心肺停止は率直なところ救命は非常に厳しいが、雲仙普賢岳の火砕流で多く見られた、熱砂、熱風などによる熱傷、気道熱傷、窒息、気胸、呼吸不全は救助後の死因となるため、これらの克服が大きな課題となる。

300pxontakeair木曽御嶽山
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E5%B6%BD%E5%B1%B1_(%E9%95%B7%E9%87%8E%E7%9C%8C)





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