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2014年9月 1日 (月)

『黒部の山賊 ~アルプスの怪~』

郷里の山口県岩国市には、「山賊」といういわばファミリーレストランがある。「山賊むすび」と銘うたれた大きなおむすびがひとつの売りで、いかにも豪快でおいしそうな響きだ。実際、のぼり旗が立ち、独特な大きな古屋風の店構えや、いろり造りもあいまって山間部にありながら大人気でいつも賑わっている。

 

Wall1私の世代だと、山賊で思い浮かべるのは黒澤明監督の「七人の侍」に出てくる盗賊だ。1954年の作品なので知らない若い人も多いかもしれないが、世界的にも絶賛され、映画の面白さ、迫力という点において最高級の作品だ。この映画に登場しているように、日本における山賊というのは、落武者が盗賊化した集団を言うようだが、言葉になじみがある割には、実際に見た人などいないだろう。まあ、いたとしても遠い昔の話だ。そんな山賊が黒部にいたという。隠れるところはたくさんあるかも知れないが、いくらなんでも黒部では商売にならないだろう、いったいどんな山賊なのか、という好奇心で新聞だったかで紹介されていた『黒部の山賊 ~アルプスの怪~』(伊藤正一 山と渓谷社)を読んでみた。

 

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この書は、戦前はジェットエンジンの開発という科学最先端の研究に従事し、戦後は黒部の山荘(三俣蓮華小屋 現三俣山荘ほか)を設営した伊藤正一さんの体験記であり覚え書きでもある。時代背景は昭和
20年前半から30年後半にかけてで、黒部開発のシンボル的存在であるいわゆる黒四(くろよん)ダムが建設される以前のことが主となっている。科学を背景に持つ人の筆によるものながら、内容はなんとも人間味あふれるもので、他にちょっと類のない面白さだ。山岳誌に連載されていたこともあって、定本になる前にも山岳愛好者の間では広く知られていたらしい。

 

この書でいう山賊は、北アルプスの急峻な山々を猟場にして生活してきた人達のことである。山にまつわってはさまざまな事件や事故もあり、尾ひれがついた話によって“山賊”の噂が立てられ、はじめて彼らに遭遇した時は伊藤氏も相当にふるえあがったようだ。その辺りの話もまことに面白い。もっとも、秘境には埋蔵金や金鉱の噂に惹かれてやってきた悪事を働く山師もいたという。

 

詳しくは本を読んで頂くほかないが、大小の見出しをいくつか拾い上げてみると、「山賊たちとの出会い」「山賊との奇妙な生活」「山賊たちの熊狩り」「山のバケモノたち」「道しるべになった水晶岳の白骨」「カッパの正体」「黒四と山賊たち」などなど、山賊と黒部にまつわるエピソードが満載である。そんな伊藤氏は、「したがって彼らのいたころは、悪い猟師が入らず、黒部は荒らされなかった」と書き、「人影まれな当時の黒部の歴史において、彼らの存在は決して忘れることのできないものである。人間的には長所も短所もある者たちであったが・・・・」と述懐している。

 

今は黒部ダムにはトロリーバスで誰でもが気軽に訪れることができる。過去二回の訪問では、山々に目を奪われ、壮大なダムに驚くばかりであったが、今度機会があれば、本書を携えて行こうと思っている。

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