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2014年8月 3日 (日)

特任理事長補佐

特任理事長補佐というと何やらいかめしい肩書だ。実際は、ひらたく言えば、日常においては理事長のいわばメル友、時々ゴル友である。理事長は医療界への関わりが長く、十分に詳しいけれども、元々経済界出身なので医療現場への理解にはどうしても限界があり、どう考えたらいいのか、ということについて元臨床医として説明したり意見を提示したりするわけだ。なお、「室」というのはvirtualで、部屋があるわけではなく美人秘書がいるわけでもない(理事長には間違いなくおられるが)。


といっても、それだけでは仕事の態をなさないので、定期的あるいは非定期に福島を訪れて理事長や統括院長をはじめとする幹部スタッフと色々な意見交換を行う。具体的には、新病院の設計図作成と総合診療体制や救急診療体制などのソフト面の構築、への参画である。本来ならば医師として診療に従事しながら常勤として携わった方がいいのだろうが、技量はすっかりボケてしまっているし、難聴を患い遠隔地在住ということもあって、非常勤職にとどめさせて頂いている。


そのように書いてくると、もしかしてよほどヨボヨボ、あるいは枯れて人生悟りきったかのような老人をイメージされてしまうかも知れないが、それほどのことはない。我が恥多き人生など、およそ悟りとはほど遠い。世代で言えば、私は世間一般で言う「定年後、年金前」に属する。
30年以上医師として臨床の現場に身をおき、複数の病院で、研修医教育係たる研修管理委員長、高度な救急体制を整備し維持する救命救急センター長、病院全体の管理職などを務めてきた。また、長年にわたって手術室や救急施設などの大改修に情熱を注いできたこともあって、病院の建築については臨床医出身者として例外的に経験があるほうだろう。それをなんとか大原綜合病院で活かしたい、というのが私の思いであり、皆様の期待でもある。


福島、あるいは大原綜合病院とのいきさつについては長くなるのでここでは触れないが、被災されたかたがたを思えば私自身のことなど全くとるに足らないことではあるけれども、福島県立大野病院でのプロジェクトに関わり、浜通りに何度も何度も足を運んでようやく実現寸前にまでこぎつけた事業が、東日本大震災と原発事故で吹っ飛んでしまったことは痛恨事であった。今は立ち入り禁止区域になっているので訪れるすべもないが、やはり断ち切り難い未練があるのだろう、時に、ふとあの瀟洒な建物が目に浮かぶ。


Photo_4県立大野病院

初回に記したように、以前に勤めていた病院でブログを書いていて、病院のホームページにリンクさせて頂いていた。それを目にしていた理事長に「アレをここでもやってみませんか」と言われ、元来が好きなことなので、それではと始めてみることにした。大上段に構えた高邁な論を展開しようという気はさらさらない。~雑学エッセーとちょっぴり医療~の雑書きに過ぎないが、少しでも賑やかしになれば幸いである。

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