2017年3月23日 (木)

思い出のスーダン

PKOで派遣されていた自衛隊が今年5月で撤収することが決まったと報道されていた。南スーダンのジュバで道路整備などの支援事業を行ったという。本当にお疲れさまでした、とその労をねぎらいたい。これから撤収の準備作業が始まるのだろうが、撤収というのも案外に大変な作業のようで、滞りなく無事任務を終えることを心より祈っている。
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私もそうだったが、多くの日本人にとってスーダンはなじみの薄い国だろう。だからこそか、一度しか行ったことのないスーダンは私にとって貴重な思い出の地である。とあるNGOに関わっていたことから、短期研修視察として「スーダンに行きませんか」という話があり、即に「行きます」と返事をした。あそこは内乱状態にあって危ないんじゃないですか、と心配してくれた人も周囲にいたし、当時は現役最前線にいたので少々辛いところもあったが、こんなチャンスは滅多にないと同僚に頭を下げまくって段取りを整えた。

 

実のところ、この旅は最初からあれこれケチがついた。急に重いバッグを持ったせいか、成田空港で、じっと座っていても起き上がろうとする時も、ひどい腰痛。いわゆるギックリ腰、筋筋膜性腰痛である。鎮痛剤を飲んで少しずつ緩和はしたものの、これには最後まで泣かされた。

 

中継地のアムステルダムはひどい風雨で、外が全く見えず、着陸体制に入った飛行機がグラグラとひどく揺れる。ようやく見えたのはまさに直下の滑走路。いよいよ着陸と思ったものの、まだグラグラしていて、なかなか着地しない。これではオーバーランしてしまう、と目をつぶった瞬間に再上昇。これがまさしくタッチダウン寸前からのゴーアラウンド。上空を旋回してから再度着陸を試み、グラグラしながらも今度はうまく着陸。飛行機好きの私にしてさすがにこの時は冷えた。パイロットも相当な緊張だっただろう。乗り継ぎの待ち時間に空港から見るに、どの飛行機も苦労していたようだ。

 

アムステルダムからカイロを経由していよいよスーダンの首都ハルツーム。午前4時なので真っ暗かと思いきや、灯りが多く見える。

 

外に出るとムーッとする暑さ。ホテルに一旦チェックインしてすぐに役所に挨拶。さらにまたハルツームのWHOの事務所を訪問して活動内容についての説明を受ける。所長はイラン人で、この人がなかなかひょうきんな人で親近感を覚えた。後年、『イラン人は面白い』という書を読み、確かにその通りだと思ったものだ。イランというと今ではガチガチのイスラム原理主義と受け止められているが、イラン革命の前のパーレビ王朝の時代は親米だったためかなり西洋化が進んでいて、文化がかなり混在している感がある。

 

いつどこに行ったか、手帳や資料なども引っ越しのどさくさで失くしてしまったので、よくわからないのだが、このスーダン訪問は19953月のことだというのははっきりわかる。もう22年も前のことだ。なぜ分かるかというと、スーダン滞在中に地下鉄サリン事件が起こったからである。この稿続く。

2017年3月 6日 (月)

『怒る富士』

黄金の稲穂のかなたに

 仰ぎ見る 富士の姿は

どんなにか 美しかろう・・・

 

これは、前進座の舞台『怒る富士』の主人公伊奈半左衛門忠順の最後の言葉である。1707年、宝永4年の富士山噴火で窮地に陥った村人に、命を賭して幕府の蔵米を放出して救済した忠順の、死を前にした語りには、大きな感動を覚えた。「何年かかろうとも、この村々を復興せねばならぬ」とは、彼の代官としての一途な信念であった。

 

私は演劇には全く造詣はない。『怒る富士』を観劇したのは、行きつけの喫茶店に宣伝用のパンフレットがおいてあって、富士山、噴火、江戸時代、新田次郎とあっては、「これは是非観なければ」とばかり、半ば冷やかし的気分で店のママさんからチケットを購入したからである。劇団の名前も知らなかったし、主演の嵐圭史さんのことも全く知らなかった。
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改めて調べてみるに、前進座というのは歴史の荒浪に翻弄されながらも、苦難を乗り越え創設85周年を迎える歴史と伝統ある劇団だと知った。嵐圭史さんも、演劇家系の名門に生まれ、幅広い役がこなせる実力派と高く評価されている人であった。当初、素人演劇に毛が生えた程度のドサ回り劇団かと、かりそめにも思ったことがまことに恥ずかしい。
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伊奈半左衛門忠順の生きざまにも、また、嵐圭史さんの、朗々とした張りのある声、それでいて決して過剰な演技にならず、その場面場面で、抑制のきいた、観客に何かを伝える表情の豊かさにすっかり感銘してしまった。そして、心から拍手をし、「来てよかった」と余韻にひたりつつ会場を後にした。なお、上に掲げた写真は、その時に会場で購入した冊子に掲載されていたものである。

 

新田次郎さんの、上下2冊の歴史小説『怒る富士』(文春文庫)については、観劇の前に読んだ。氏がこの作品を書き上げるために集めた資料は膨大になったという。

 

もともと気象庁の職員として富士山の測候所に逗留し、あるいは長く関わり、富士山に関する著書も多い。新田さんは、その中で、伊奈半左衛門忠順の伝承を聞き、その生きざまに惹かれ、惚れ込み、可能な限りの資料を集めて著したのが『怒る富士』である。冒頭に挙げた一節は小説にはないので、演劇の脚本として書かれたものであろう。胸に沁み込む。彼の死後、村人達はそれぞれにひそかに祠を設け、感謝を捧げていたという。今は浅間神社に接してそれらをまとめて伊奈神社として祀られている。

 

前進座の『怒る富士』は、3月末から4月にかけて会津、郡山、福島市など、福島県での公演も予定されている。この素晴らしい作品を是非に観劇して頂ければと願っている。

http://www.zenshinza.com/stage_guide3/2017ikarufuji/index.html

 

幕末史を少しでも見れば必ず名前があがってくるもう一人の忠順がいる。この人は相当な偉人なのではないかと、私にとってどうしても気になる人物であった。ようやくまとまった書を何冊か読んだので、いずれ紹介したい。

2017年2月23日 (木)

「ニュートンプレス」が民事再生

雑誌『ニュートン』を発行している「ニュートンプレス」が民事再生法の適用になったとネットで報道されていた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170220-00000066-jij-soci

 

ちょっと前に、元社長が出資法違反とかで逮捕されたとの報道もあって心配はしていたが、何とも残念な話ではある。幸いに、雑誌の発行を続ける努力がなされるとのことで、是非そうしてもらいたい。

 

当たり前のことながら、『ニュートン』は読む人は読むし、読まない人は全く読まないという類の科学雑誌なので、この報道にどれだけの人が関心を寄せたかはわからない。でも、駅の小さな書店にすら並んでいるし、宇宙や物理、火山、生物科学などをテーマにして、綺麗なイラストがふんだんに載っているので、愛読者は結構いるのではないかと思う。かくいう私もその一人だ。少なくともここ数年は必ず手に取り、宇宙関連はだいたい買っている。特集号など、もう少し安くならないものかと嘆きつつ、興味のあるものは結局購入。今もっているだけでも軽く20冊を越えているし、このブログでもよく引用させて頂いている。最近は、特集号に焼き直しの再版というか、改訂版とか増補版が目につき、ちょっと首を傾げていた。何か社内に問題はあったのだろう。
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『ニュートン』はもともと竹内均氏が科学をもっともっと一般人、特に子供達に近づけようと退官後に創設したものだ。東京大学教授といういかめしい肩書ながら、かみ砕いた面白い語り口の科学解説で人気があった。確かタケキンという愛称で親しまれていたと記憶している。イラストを多くしたのも氏の方針だったらしい。学者が雑誌を創刊して、当初は3ヵ月も持たないと危惧されたようだが、その分頑張ったということが初代編集長メッセージとして紹介されている。
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http://save.cms2.jp/newtonpress/newton/message.html

 

雑誌についてはわからないが、本がどれだけ読まれているかの目安が、巻末の第○刷、第○版という記載だ。初版が何部印刷されるかは書によって異なるけれども、出せば間違いなく多く売れるという人気作家の作品は別として、だいたいは初版が3000冊くらいで、注文が多ければ増刷となる。宇宙などサイエンス関連の一般書は数多く出ていて、増刷になっているものも少なくない。この領域に関心を寄せる読者は少なくないはずだ。

 

話を『ニュートン』に戻して、この雑誌の意義のひとつは、研究者が最先端の科学を一般の人に橋渡しするよき場だということだ。難しい研究への取り組み、その成果をまとめる研究論文、教育などが本業ではあろうけど、専門家たちの間でインパクトのある論文はそうそう書けるものではないし、竹内均さんの姿勢がそうだったように、一般の人にサイエンスを近づけるというのも研究者の仕事だろう。それに、読んでいると、研究者も楽しく書いている、あるいは語っているように感じる。一般書にまとめるとなるとかみ砕く必要があり相当な労が必要だが、一般向けのサイエンス誌はスポット的にやれる貴重な場だ。

 

実弟の話によれば、最近は原子核や素粒子論の研究者の層が薄くなっているという。文部科学省の予算も削られているのだろう。なんとも残念なことだ。働かない文科省の天下りも多くあると報道されている。削れる無駄はたくさんあるはずで、それらを排し、一見無駄とも思える、成果が出るまでに時間を要する基礎研究にしっかり目を向けて欲しいと思う今日この頃である。こと『ニュートン』に関しては、学者がやれた私企業の事業なので、気合いを入れて、ビジネスとしてしっかりやって欲しいと切に願っている。

2017年2月16日 (木)

「鎖国」から「幕府の対外政策」に

先般、「小中学校の社会科で『鎖国』の表記をやめ、『幕府の対外政策』に改める」という記事があった。江戸時代は「鎖国」であったというのはみんなそのように習ったし、特に疑問も抱かなかった人がほとんどだろう。私もそうだ。

 

実際には朝鮮通信使はあったし、当初はポルトガル、後にはオランダなどと外国と接点はあった。決して窓口を閉ざしていたわけではない。ただ、厳しい制限があったことは事実で、鎖国と表現して間違いというわけではないだろう。江戸幕府としては、政体を危うくしかねない宗教や異文化の流入の阻止もさることながら、貿易による利を統制事項として幕府のものにするために、管理が行き届くよう接点の場を厳しく制限したという。長崎の場合は出島が窓口であった。
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“鎖国”のおかげかどうかはわからないが、この江戸時代というのはまことに面白い。私の場合は明治維新の意義を探るために江戸時代のことを少しかじっただけだけれども、すっかりはまってしまった気がする。かつてはがんじがらめの身分差別による封建制度、というイメージで、それはそれで一面真実ではあろうが、色々な文化が華ひらいているし、統治制度も、内閣・官僚型を基軸として地方分権の要素ももちあわせている。

 

「おぬしもワルよのう、越後屋」「いえいえ、お代官様もなかなかに」「こやつ言おるわ、ワッハハッハ」というのは水戸黄門をはじめとする時代劇の定番の会話で、年貢取り立ての元締めたる代官はすっかり悪者にされてしまったが、実際は必ずしもそうではなかったらしい。もっとも、今まさに確定申告のシーズン、収入の多寡にかかわらず、税務署が好きな人はいまい。勤務医もそうだが、サラリーマンは天引きなのであまり自覚はないが、明細をよく見れば結構取られている。副収入があればあったで年間20万円を超えれば確定申告が必要となる。払わなければ公共が成り立たないとわかってはいても、税金取りはいつの時代においても悪者扱いが定番ではある。閑話休題。

 

書店に行くと、江戸時代に関する雑誌や書が多くある。“悪の封建制度”という決めつけのくびきから解き放たれて、自由闊達に実証的に色々な角度から研究がなされているのだろう。“鎖国”はわかりやすい言葉ではあるけれども、より実態に即した表現に改めるというのは非常にいいことだ。

 

江戸時代とひとことに言っても、その内容たるや膨大で、私ごときがちょこっと書をかじったぐらいでは全容の把握には全く歯が立たない。それでも、折角に少し仕入れたので、興味を惹かれたことをいずれ取り上げてみたい。

2017年2月 9日 (木)

『たばこはそんなに悪いのか』

たばこが悪いかというと、はっきり、悪い。ちょっと書き出すだけでも下記のようなことがある。

 

・非喫煙者にとって悪臭がひどく、極めて不愉快

・肺がんをはじめとして咽頭がん、喉頭がん、その他悪性腫瘍の原因となる

・肺気腫の原因となる

・歯が汚くなり歯根が痩せて歯槽膿漏にもなりやすい

・解離性大動脈瘤の原因となる(この疾患の多くはヘビースモーカー)

・動脈硬化や末梢血管の収縮をきたし末梢動脈の閉塞や狭小化の原因となる

・脳梗塞の危険因子である

・火のついたたばこの不始末は火事の原因になりうる

・喫煙者は口臭がひどい

・妊婦の喫煙は胎児に悪影響を与える

・年間にすると相当な金額になる

・喫煙者はたばこ休憩が多すぎて不公平

・ポイ捨てで公共の場を汚す

・受動喫煙により非喫煙者に害を与えると言われている

 

などなど、数え上げていけばきりがない。喫煙という悪習が今の時代まで残っているのが不思議なくらいだ。とはいえ、昔は恩賜たばこという下賜品もあったようだし、かつては成人男性の喫煙率は70%を超えていた。

 

実は、恥ずかしい話だが、私自身は愛煙家で、周囲にかなり気を遣ってはいるので今は相当に量は少なくなったものの、意志薄弱にてまだ止めることができないでいる。ポリシーがあるわけではなく、よくある、遊び半分で喫ってそのままズルズルというパターンだ。止めても困ることは何もないはずなのに、スッパリと止められないというのは、やはり何がしかの快感を脳に与え耽溺性があるからだろう。食後のコーヒーとはまことに相性がよろしい。

 

ただ、もう勝負はついた。禁煙への潮流はもう止まらない。「あなたの健康のために」というのは大きなお世話だと思うが、個人のわずかな快楽のために周囲にこれほど不快を与えてしまうのでは、あまりにも正当性に欠け、これは仕方がない。職場はもちろんダメで、自宅も多くの奥方は嫌煙派、ベランダもダメ、外でも喫えるところは非常に限定的、となるともうどうしようもない。

 

そんな中、『たばこはそんなに悪いのか』(喫煙文化研究会 WAC BUNKO)という書を見つけ、早速読んでみた。愛煙家の開き直りの感情論かと思いきや、決してそうではなく、ひとつの論として非常にまともな書だと思う。
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といっても、私の考えは上記の通りなので、この書でもって正当化しようという気は全くない。しかし、そうしようと思えばできるぐらい知的で冷静な筆致で「たばこバッシングの社会現象」を批判している。たばこが文化かどうかは知らないが、昔の映画は洋の東西を問わず喫煙シーンがやたら多いことは確かだ。健康志向を唱道する一方、病気をやたら作りたがる “医療ムラ”への揶揄は痛快ですらある。私も、悪臭をのぞけば、過度の酒の方がはるかに社会悪だと確信している。

 

喫煙文化研究会というのは初めて耳にするが、かの養老孟司さんの名前も入っている。元東大教授で評論家の西部邁氏もメンバーになっている。かなり以前、知人に連れられて参加した少人数の勉強会で西部さんの講話を親しく聴いたことがある。話の内容よりも、そのヘビースモーカーぶりが強く印象に残った。養老さんも西部さんも今は80歳か78歳ぐらいなのに活動的なようだ。名画「ビルマの竪琴」も制作している映画監督の市川崑さんはどの写真を見てもたばこをくわえていて一日に100本喫っていたそうだが、亡くなったのは93歳なので、少々喫っても平気な人は平気なのだろう。ただし、個々の事例の普遍化は誤りを招くので、それをもって大丈夫だということにはならない。

 

嫌煙派はこういう書は絶対に読まないだろう。でも、本から煙と臭いが出るわけではないので、この社会で非常に重要である「多様な意見を知る」という観点から、たわむれにでも一読する意義はあるのではないかと思っている。

2017年1月30日 (月)

サ高住

ここのところ「サ高住」という名称をよく見る。「サービス付き高齢者専用住宅」の略称だ。「60歳以上の高齢者または要介護者・要支援者」が対象で、これには住宅だけでなく個室型の老人ホームも含まれる。地方行政には整備の努力とその管理が課せられており、事業者に対する補助や資金の融通もある。

 

費用がやや高いが、個人にある程度の自由度があるサポート制度なので、自宅での生活が困難になった時の選択肢のひとつとしてどんどん増えているという。
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高齢者介護制度は、本格的には介護保険法の実施からと言えるだろう。多様なサービスと言えばそうなのだが、なかなかややこしく、多くの人にとって内容を十分に把握するのは容易ではない。それでも、いざとなれば有難さを実感する制度だ。

 

老親を施設に預けるというのは、かつては身内としてなにがしかの“やましさ”がぬぐえなかったと思うが、今はそのイメージはかなり払拭され、制度として確かに機能している。腐心して介護保険をまとめあげたのは当時の厚生省の事務次官だが、収賄で有罪となり懲役刑になっている。本当にそこまでの罪を犯したのか、ちょっと疑問に感じているが、せめて、功労は功労として認めてあげたい。

 

さて、私に関しては、以前にも書いたが、医師を同乗させて救急車を病院から発進させるという試行的プロジェクトで、週に1回か2回程度、救急車に同乗している。そのため、高齢者問題の深刻さを目の当たりにする。

 

とある救急要請。行ってみると、2階建てのアパート2階の80歳を越えた独居高齢者からで、食欲がなく体が衰弱して動けなくなったという。受け答えはしっかりしていて、近い身内は姉だけらしい。このアパートの階段は写真のようになっている。よくある作りだが、普段から杖歩行の人が、小高い坂の上にあるアパートのこんな階段を昇り降りしていると思うとゾッとする。周囲に商店もコンビニもない中で頑張って自活してきたのだろう。
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こういう事例は全国に非常に多くありそうだ。自活できる限りは自活したいというのはわかるが、それにも限度がある。そのために高齢者介護制度がある。こういう高齢者をきちんと既存の制度設計にのせていくというのは、難しい面は多々あろうけど、やはり行政の責務だと思う。

 

物理的、経済的に余裕があり、身内が自宅で面倒を見れる場合でも、いわゆる“共倒れ”的な介護地獄に陥る可能性がある。実際、こういうところからしばしば救急要請もある。無理をせず介護保険を使って高齢者介護制度を段階的に活用していくべきだと思う。なお、かつてはいわゆる“老人病院”に入院という人も多かったが、「社会的入院」の問題が喚起され、施設型への移行が進んでいる。これは当然のことだ。高齢者に医療保険から多く遣うのは間違っている。高齢になって衰弱して死んでいくというのは誰しもが避けられない自然の摂理というものだろう。あくまで一般論だが、骨折など非常に苦痛を伴う疾患は別として、医療がそれに抗するのは適切ではないし、限りある医療資源の使途として効率的なものでもない。

 

自らはどうしたらいいか、それは誰しもに深刻に起こる問題だ。無理な自立はかえって周囲や社会に負担をかけてしまう。肉親に委ねると大きな精神的負担や物理的負担を与えてしまう。少しでも制度のことを知り、どうしたいか、あらかじめ意思を伝えておく必要があるだろう。在宅で訪問診療や訪問看護を受ける手もあるが、こと、片づけという点では問題の先送りになる。快適性と費用に大きな幅があるものの、できるだけ整理をした上で、可能なところで「サービス付き高齢者専用住宅」というのはその時期が来ればまずは悪くない選択肢だと個人的には思っている。

 

私も、定義の上では紛れもなく高齢者になってしまう。身内には、「今程度に仕事に行って、嬉々としてゴルフに行っているうちは大丈夫だと思う」と語ってはいるが、いつ何が起こるかはわからない。制度を見ながらエンディングノートというか、意思を伝えるメモをあれこれ書いているところである。死亡時や死後をも想定して、お寺さんのホームページをあれこれ見るのもなかなか面白いのだが、これはまた別の機会にしたい。

2017年1月18日 (水)

タモリさんのエンターテインメント

タモリという名前は本名の森田一義の姓をもじった芸名だそうだ。今や日本でこの名前を知らない人はいないだろう。総理大臣は知らなくてもタモリは知っているというぐらいの有名人だ。
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私に関しては、土曜日夜の食後のくつろぎのひととき、丁度ペットのセキセイインコを放鳥して遊ばせてやる時間と重なっていることもあって、「ブラタモリ」をよく見る。“オジサン殺し”の桑子アナが交代して当初は残念に思っていたが、今はあどけない感じの近江アナが華を添え、火山の話や河川の話が多く出てくるし、雑学の泉としてやはり面白い。

 

タモリさんの番組は概して長続きしている。こういうのは、単に人気があるから、では説明がつかない。意図してか意図せずしてか、何か理由があるはずだ。考察というほどの大層な話でもないが、本稿で思うところを気楽に綴ってみる。

 

サングラスは、普通にはあまりいい印象を与えないものだが、タモリさんの場合は小学校3年生の時にケガで右目を失明し、義眼を入れているというのが理由だというのはよく知られていて、すっかり自然に定着している。随分と不自由だったに違いないし、嘆きたくもなっただろうが、そういう言は聞いたことがない。多分にハンディを“受けいれた”強さが芸のベースになっているのだろう。

 

タモリさんの芸はあまり視聴者への“媚び”を感じさせない。自然体のサービス精神で、「こういうことをやってみたい、やってみよう」という気持ちが嵩じたものだと思う。だから見ていて疲れない。

 

デタラメな、それでいていかにもそれらしい4ヶ国語を操る麻雀芸がタモリさんが世に広く知られるきっかけになったようだが、私がそれを初めて見たのは自分も麻雀に熱中していた学生時代なのでもう40年以上も前のことだ。これには笑い転げた。はとバスツアーを日本語以外はこれまたデタラメな7ヶ国語でやるという芸も「徹子の部屋」で披露していて、これがまた面白い。YouTubeで今も色々なバージョンが楽しめる。

https://www.youtube.com/watch?v=5bWPfCzYews

 

こういうのを才能だけで自然体でやるのは絶対に不可能なので、裏に多分に自身も楽しみながらの相当な努力があることは間違いない。それと、視覚障害があるだけに、音をとらえる感性が高いのではないだろうか。

 

音と言えば、熟年には懐かしいかのクレージーキャッツとの共演でトランペットを披露している。芸大卒や屈指のトロンボーン奏者、プロのドラマーといったコメディアンらしからぬクレージーキャッツのメンバーに並んで巧拙はいざ知らずなかなかサマになっている。

https://www.youtube.com/watch?v=eZyecGtUSm0

 

形態模写はイグアナが有名だが、大橋巨泉の物真似もよく特徴をとらえていて面白かった。司会者としても評価が高く、まさに多芸多才を地でいくような人だが、巨泉さんのようにセレブってはいない。上から目線でもない。私もひところ火山に関する書をよく見ていたので、多忙な中でどこでどう知識を仕入れたのか、火山に関して相当に博識であることは確かだと思っている。早稲田大学時代に熱中していたというジャズにも造詣が深いはずだ。

 

そんなタモリさんも、そろそろ身を引くことを考えていると聞く。それはそれで、「長い間お疲れさまでした」なのだが、まだいましばらくテレビにいて欲しいという気持ちもあって、やや複雑な思いにかられる。こういう人をどう表現したらいいのかわからないが、不幸を芸として昇華させた人生の達人、一流の個人であると言っていいのではないだろうか。安部晋三首相との対談では冗談半分で「無形文化財」という話も出たようだが、それもありかも知れない。

https://www.youtube.com/watch?v=oJ7XxmLJeCU

 

でも、個人的にはこの人にはいかめしい肩書も賞典も全く要らないと思っている。息の長さも視聴率においても、彼にかなう人はそうそういまい。何よりの勲章だ。

2017年1月 9日 (月)

『九十歳。何がめでたい』

これは、佐藤愛子さんの近刊のエッセイー集のタイトル。「確かにそれはそうだけど」と表題からして笑ってしまう。大ベストセラーになっているようで、直木賞作家で波乱万丈の人生を歩んだ人が今さらこわいものなしで毒舌をふるっているわけだから面白いはずだ。私はというと、実は買っていない。九十歳を越えた人にわざわざ印税を進呈する必要もあるまいと、45回の立ち読みであらかた読んだ。難聴のくだりもまさしく御意ではあった。立ち読みはけしからぬことだが、個人としては書店に相当貢献しているつもりなのでお許し頂こう。
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それにしても、あのように面白く短く綴れる才が羨ましい。私はどうしても長く生硬になってしまう。辞書にはこの言葉は「態度・表現などが、未熟でかたい感じがすること」とあり、まさにその通りだ。ことこれに関しては自分で感心するぐらいよく自覚している。

 

私の母親は大正1011日生まれなので、今年で96歳になった。よく「お元気ですか?」と尋ねられるが、日野原重明先生や佐藤愛子さんならいざ知らず、普通は元気なわけはない。かろうじて車椅子で食事が摂れる程度だし、ここのところ私のこともわからないようで会話も成り立たない。頭がしっかりしていて体も元気ならそれが一番いいに違いないが、不老不死の人はいないわけで、バランスよく老いているのは神の情けを頂いたような気もする。

 

老母は施設にお願いしているので、キーパーソンの私は説明を受けたり書類へのサインなどがあって度々帰省しているが、弟は盆や年末年始程度。お互い離れたところにいて疎遠になっているので「家族という病」は起こりようがないのは気が楽だ。年に何度か会う機会があるのは、生ある母親と郷里が取り持ってくれる縁だと有り難く感じる。一緒に訪れたものの、二人とも優しく忍耐強く語りかける能力が欠落しているので、はたからすれば何とも不細工な面会に見えただろう。

 

彼は学者への道は頓挫したものの、素粒子物理を専攻し今も何がしか関連した仕事をしているようなので、私の付け刃的知識を色々とぶつけてみる。これは実に面白い。

 

「アインシュタインの特殊相対性理論は高校数学で解けるが、一般相対性理論は素人はサジを投げた方がいい」「解を出すというものではないので、シュレディンガー方程式が示すところは理解できるはずだ」「ハイゼンベルクとシュレディンガーは違う道筋で結局同じことを言ったことになる」「ハイゼンベルグの不確定性原理の理解はまずは大学の教科書から取りついた方がいい」「量子もつれは実験的に確かめられている。ただ、なぜそうなるのかはまだ誰もわかっていない。局在性と非局在性という問題になる」というような話だった。それについてアインシュタインのEPRパラドックスの論文はどうなんだ、と投げかけてみると、一瞬、なぜそんな言葉を知っている、という表情になった。こういうのは楽しい。光は質量がないのにブラックホールに吸い込まれるというのはどういうわけだ?と尋ねると、「静止質量はゼロだけれども、光子は光速で動いていてエネルギーを持っている、すなわち質量があるわけで、説明としては空間が曲がるでも吸い込まれるでもどちらでも構わない」という解説であった。

 

ここまで書いて、『九十歳。何がめでたい』を切り口に老母のボケを語ったまではいいが、その後に結局こんな話になってしまうのがまさしく我が悪癖と気づく。後から書いても仕方ないが、上のフレーズは興味がない人にはスルーしてもらうほかない。

 

この年始、長女が孫を連れてやって来た。私の年賀状を見て、「干支の酉はニワトリなのに、どうしてインコがネタなのか」と聞くから、あの写真には、絵のトリと、ノゾキのトリがいて、これで「ニワトリ」だ、とやったら大いにウケていた。

 

評論的なことを書けばどうしても引用が必要だし、自分が好きな領域のことになってしまう。私事を書けば引用は要らないが、やはりそういうのはいささか気恥ずかしく居心地が悪い。今回は私事に触れたが、今年も、あれこれ自分が楽しみながら、好きなスタイルでやってみようと思っている。気楽に読み飛ばしながら御笑覧頂けたら幸いである。

2017年1月 1日 (日)

謹賀新年

 

謹賀新年

2017年元旦

 

   本年もどうぞよろしくお願い申し上げます

 

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無事新年を迎えることができることを年々有り難く感じます。

皆様にとって本年がよき年でありますように。

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2016年12月25日 (日)

超ミクロと超マクロ

極大は

極微を住まわすが

極微は

極大を支配する

 

この言葉は故戸塚洋二さんが平成2061日付けで弟分の梶田隆章さんに揮毫したもので、『日経サイエンス』に紹介されている。このひと月あまりのちに戸塚さんは惜しまれつつ世を去る。梶田さんがノーベル賞を受賞したのは平成27年のことである。

 

我々の周りにある物質は、したがって地球も月も太陽も、もとをたどればそれ以上小さく分割できない素粒子であるところのクォークと電子からできているというのが現在の解釈だ。そうすると、極大の宇宙も、未知のものはあるかも知れないが、そもそもは素粒子で構築され、その姿も形も極微の素粒子の性質に拠っているはず。言ってみれば単純な話だ。戸塚さんはそれをしてこのように表現している。

 

その戸塚さんは、『素粒子物理』の中で、ひとしきり数式で語ったのちに、「したがって、バリオン・反バリオン対称の宇宙では、とうていわれわれ人類の存在を証明することはできない。何かがおかしいわけであるが、現在のところその解決方法はわかっていない」とのべている。先に単純と記したが、あくまで筋道としてはということで、実のところ、超ミクロも超マクロも、“単純”にはほど遠く、超が3つつくぐらいに難解で謎だらけだ。

 

大きなところはアインシュタインの一般相対性理論、小さいところは量子力学の標準理論で語られることが多いわけだが、この二つはまことに“相性が悪い”という。要は統一して単純に語ることができていないということだ。多分どちらも “何かがおかしい”。それも無理はない。超マクロと言えば光の速度で何万年、何百億年を要するはるかかなたのことになるし、超ミクロと言えば、そもそも原子は1000万分の1ミリぐらいの大きさで、その原子を地球とすれば、素粒子は大きさがあったとしても野球ボール以下だというから、とんでもないスケールの差がある。なお、素粒子のふるまいにも感覚は全く通用しない。

 

バリオンというのは、クォーク3つで構成される粒子で、代表的なものが陽子と中性子だ。物質の根源となる元素は、陽子と中性子を原子核として、その周囲の電子で構成されている。化学の表現では元素で、物理学の表現では原子と呼ぶようだ。その性質はおおむね陽子の数で決まってくる。現在のところクォークは6種類あり反クォークもあるが、まずはアップクォークとダウンクォークと考えておけばよいと思う。
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『ニュートン別冊』のイラストより

 

インフレーションかビッグバンか、宇宙は途方もないエネルギーから生じたと言われている。アインシュタインが特殊相対性理論のE=mc2で示したように、エネルギーと質量は同等で、そのエネルギーが物質というか粒子になる時は、性質が同じで左右とか回転を反転させただけの双子のような粒子と反粒子のペアで生じるという。逆に、粒子からなる物質と反粒子からなる反物質が出会うと莫大なエネルギーを出して消滅する。これがどれほどのものかというと、わずか0.25gで都市が吹っ飛ぶというから、核爆弾どころの話ではない。幸いなことに、理論物理学者の村山斉さんによれば、0.25gの反物質を作ろうと思えば、電気代に換算して1兆円の1億倍かかり、そんなものは作れないそうだ。

 

それで、物質があるのなら反物質もあるはず、あるいはどこかでどちらも消滅したはずなのに、今の宇宙はほとんどが物質で反物質は普通には見られない。これは大きな謎だという。先の戸塚さんの『量子物理学』での語りはこのことを言っている。反物質は“普通には見られない”と記したが、反電子は宇宙線が地球の大気にぶつかって生じていることが確認されている。人工的にも作られており、これを利用したのが、がんの検査で用いられるPETである。しかしこれは、あるというだけで、ごくごく微々たるものだ。

 

さて、超マクロである宇宙の大きな謎のひとつは、宇宙の質量の25%を占めるというダークマターである。質量があって大きな重力作用を起こしていることはわかっていても、今までに見つかっている素粒子による構成とは異なっているようで、現在の科学では見ることもふれることもできない謎の物質だ。

 

『素粒子のすべて』(ニュートン別冊 20161220日発行)によれば、それはSIMPStrongly Interacting Massive Particle)ではないか、という新説が権威ある科学誌に昨年掲載されたそうだ。SIMPはクォークそっくりの粒子と反クォークそっくりの粒子、そしてそれらを結びつけるグルーオンそっくりの粒子で構成されていることが仮想されているという。クォークのような素粒子が二つなのでバリオンではなく湯川秀樹氏が提唱し日本人初のノーベル賞受賞となったパイ中間子によく似ているらしい。このことは、提唱者である東京大学国際高等研究所カプリ数物連携宇宙研究機構長の村山斉氏らによって数式から導き出されている。

 

これから検討がなされていくであろうが、ダークマターの謎を解明すれば間違いなくノーベル賞だ。この領域には、学説がビシッと決まって実験で検証されたらの話だが、ノーベル賞候補になり得る日本人研究者が多くいるというのは誇らしいことだ。なお、数式から導き出すというのはよくあることで、そもそも反電子はポール・ディラック(1902-1984)、ニュートリノはヴォルフガング・パウリ(1900-1958)が、理論から提唱している。二人ともノーベル賞の受賞者だ。彼らや、アインシュタイン(1879-1955)、ハイゼンベルグ(1901-1976)などとの交流を綴った難解な量子論の書も最近読んだので機会を見て紹介したい。

 

わかりもせぬままに自分が勝手に面白がっているだけのことで、こんな話は誰も興味がないだろうと思いつつ、インプットしたらアウトプットしたいのが性で、また書いてみた次第。京都大学理学部を出てから医学を志したという知人の医師に、「量子論に苦闘している」とこぼしたら、「そりゃ無謀ですよ」と一笑にふされてしまった。

 

ともあれ、超ミクロと超マクロが密接に関連しているということだけはようやくにして少し理解できた。関心があるかたがたと共有していきたい。

 

タイミング的には本稿が今年最後になりそうだ。

皆様どうぞよき年末年始をお迎え下さい。

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